まさに「一人称」のライブだった。ヨルシカの表現する音楽が、歌が、これまでにないほど肉体性を伴っている、そんな感覚があった。ヨルシカのライブはこれまで、曲間でn-buna(G・Composer)の朗読が曲の世界観を彩ったり、曲ごとに作り込まれた映像が観客を没入させたりと、常に総合的、複合的芸術として観る者を圧倒してきた。「月と猫のダンス」に至っては音楽ライブと演劇がより緻密に融合して、他では味わうことのできない体験がそこにあった。しかし今回の「一人称」では合間にn-bunaの朗読が挿入されることはなく、オーディエンスはひたすらヨルシカの音楽に耳を奪われ、そのリズムに、歌に、サウンドに、自然に体が反応した。近年のヨルシカのライブ史上、これほどシンプルに「ライブ」と形容するのがふさわしい公演もなかったのではないか。それにしても、というか、だからこそ、鑑賞後の余韻は圧倒的だった。今ヨルシカが表現したい「音楽」が、しっかりヨルシカ目線の「一人称」でストレートに届けられた──そんな感覚だ。(以下、本誌記事に続く)文=杉浦美恵
(『ROCKIN'ON JAPAN』2026年11月号より抜粋)






