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リヴォン・ヘルム(ザ・バンド)
ロックンロール・シンガーであるロニー・ホーキンスのバック・バンド、ザ・ホークス(ザ・バンドの前身)に十代で加入して以来、つまり1957年から2012年に他界するまでの半世紀以上にわたって、リヴォン・ヘルムはずっと第一線のミュージシャンであり続けてきた。
ボブ・ディランとの最初のワールド・ツアー(あの『ロイヤル・アルバート・ホール(ブートレッグ・シリーズ第4集)』にも収録された1966年のツアー)では、エレクトリックなロック・バンドの演奏に対して保守的なフォーク・ファンから夜な夜なブーイングが浴びせかけられ、それに疲弊したヘルムはツアー途中で離脱してしまったという。トップ・アーティストが受ける洗礼とは、何とも厳しいものだ。
キャリアでとりわけ有名なのは、一時解散するまでのザ・バンドのドラマー兼ボーカリストとしての時期だろうけれども、再結成ザ・バンドやソロ活動においても優れた作品を残し、癌でこの世を去る直前まで精力的にライブ活動を行なっていた。メンバー全員がマルチインストゥルメンタリストであり、また高度な演奏技術を備えていたザ・バンドは、ブリティッシュ・バンドによる斬新な刺激がリードする格好だった60年代のロック・シーンにおいて、多様なルーツ・ミュージックを融合させたアメリカン・ロックを確立したのである(ただし、ロニー・ホーキンスがトロントを拠点に活動していた経緯から、ヘルムのみアメリカ人、他のメンバーはカナダ人だった)。最古参メンバーだったこともあり、ヘルムはザ・バンドへの思い入れが強かったのではないだろうか。
複数のシンガーを擁し、全員が作詞作曲に携わったザ・バンドだが、必ずしも民主主義的に運営されていたわけではない。大部分の作曲を担っていたギタリストのロビー・ロバートソンが創作の主導権を握るようになると、遂には独断で解散ライブ(1976年)の開催を決めてしまう。これが、後々まで尾を引くヘルムとロバートソンの確執の決定的要因となった。ボブ・ディランとの断続的な共作・共演もあり、まだまだ人気の最中にあったザ・バンドは、超豪華ゲスト陣を招いて映画化まで企画された、もはや引っ込みのつかない最後のステージ「ラスト・ワルツ」をもって解散する。1983年に再結成ツアーに乗り出したとき、そこにはもはやロバートソンの姿はなかった。
ギターやピアノやオルガン、バンジョーやフィドルやマンドリン、ホーン、そしてメンバーのめくるめくスイッチング・ボーカルやハーモニー・コーラスといった上モノが織り成すザ・バンドのサウンドにあって、ヘルムのドラム・プレイは安定したボトムからグルーヴの味わいを醸し出すスタイルだった。豊かな上モノの響き合いのためにスペースを空け、また一流ドラマーとしての自負を持ちながら、ときには作品の個性を優先して他のメンバーにドラムスの座を譲ったりもした。ヘルムは、優れたミュージシャンの集合体であるザ・バンドの化学反応を愛し、その無限の可能性を信じたのである。ロバートソンの振る舞いを厳しく批判しながらも、音楽家としての彼については一貫して称賛していた。もし、1976年というタイミングにザ・バンドが解散していなかったら、アメリカのロック史は少し違ったものになっていたかも知れない。
ヘルムが、個人としてロック史上に名を刻む名ドラマーであることは疑うべくもないが、それ以上に彼は「ザ・バンドのバンドマン」に他ならなかった。彼らの、奇跡とも思えるほどリッチで有機的な音の連なりは、ロックが勢いを失っていると言われて久しい今日にも、数々の作品を通して一際強い輝きを放っている。ディラン作詞の“怒りの涙”で幕を開け、“アイ・シャル・ビー・リリースト”で締め括られるデビュー・アルバム『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』は、仄かにサイケの時代が香る名盤だが、ここではやはり堂々のセルフ・タイトル作となったセカンド『ザ・バンド』に触れておきたい。
持ち込まれた幾多の楽器がクリアに響き合い、底知れないアメリカン・ミクスチャー・サウンドが立ち上る。多くの楽曲でその土台を支えているのがヘルムのドラムスだ。“ラグ・ママ・ラグ”(こちらのドラムスはリチャード・マニュエル)や“クリプル・クリーク”などのシングル曲を含めた楽曲群でリード・ボーカルも務め、とりわけ、ホンキートンクとニューオーリンズ音楽が出会ったような“クリプル〜”のファンキーなプレイは、後世ヒップホップにもサンプリングされる名演となった。この後、ザ・バンドはややサザン・ロック色の強い音楽性へとシフトしてゆくことになるが、その兆候はヘルムの描き出すしなやかなグルーヴにも表れている。(小池宏和)
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