4月14日にケンドリック・ラマーの最新アルバム『DAMN』がリリースされて以降、ビルボードアルバムチャートにて今年初週の最高売り上げで1位を獲得、2週目も1位を保持、そして発売1ヶ月以内にも関わらず全米で100万枚を売り上げたアルバムに送られるプラチナ・ディスク確定と、次々に記録を打ち立てている。正に今最大の話題作と言えるだろう。
そんな傑作『DAMN.』収録曲全14曲を徹底的に解説する。既に聴かれている方も、全曲解説をよみながらぜひ聴き直して欲しい。ケンドリックがこのアルバムに込めた思いと熱量を、さらに強く感じられるはずだ。
まずは1曲目から7曲目の解説を前編としてお届けする。
— Kendrick Lamar (@kendricklamar) 2017年3月31日
1. BLOOD.2年ぶりとなるこのアルバムの冒頭を飾るこの曲ではサンプリングを施したようなアレンジとなっている。
プロデューサーはトップ・ドッグことアンソニー・ティフィスが務めており、前作のファンク・サウンドから2012年のアルバム『グッド・キッド、マッド・シティー』までのヒップホップ・サウンドに立ち戻ったことが提示されるが、短いケンドリックの歌詞がどこまでも衝撃的。
何かを探している様子の盲人の婦人を見かけて手を貸そうと「探すのをお手伝いしましょうか」と問いかけると「あなたの命がみつからないようよ」と言われて銃声が轟く。
銃を撃ったのは誰なのか、この盲人か、第三者(たとえば、婦人への強盗を働いていると思い込んだ警官)か、そもそもこの婦人は何者なのか、神か悪魔の化身なのかという、この短い曲におけるさまざまな謎がこのアルバム全体の問いかけとなっていく。
2. DNA.これもまた強烈にヒップホップのビートが炸裂するトラック。
前作とは違ってアーバン・ヒップホップに本格的に復帰したことを宣言するサウンドを打ち出すトラックになっており、プロデューサーはアトランタ出身でリル・ウェイン、リアーナ、ビヨンセらとのコラボレーションで有名なマイク・ウィル・メイド・イット。
内容的にはヒップホップ・アルバムの序盤では定番となっている俺様節で、自分がヒップホップ界第一人者となる資質と経験と背景はすべて自分のDNAの中にあるとぶちあげるもの。
自分のスキルと成り上がりぶりを吹聴していくのは通常の展開ながら、前作からの楽曲でグラミー賞やBETアワードを受賞した"Alright"についての批判報道のサンプリングなどが織り込まれていて、巧妙にケンドリックらしいメッセージ性も打ち出されていく。
"Alright"は警察による黒人への暴力事件などの社会問題について、いつかみんなで乗り越えられると歌うものになっているのだが、BETアワードのパフォーマンスでケンドリックがステージで警察のパトカーの上に立ってこの曲を披露したところ、憎悪と暴力をただ助長するものとして批判報道された。
特に有名なテレビの報道コメンテーター、ジェラルド・リべラはこのパフォーマンスについて「ヒップホップは人種差別以上にアフリカ系アメリカ人に害をもたらしている」とコメント。
"DNA."の最後のフレーズ、「セックス、金、殺人、それが俺たちのDNA」という強烈な言葉はまさにこうしたアンチ報道に向けたメッセージとなっている。なお、この報道事件はほかの収録曲でも何度かモチーフとして使われている。
3. YAH. ケンドリックとのコラボレーションでは『グッド・キッド、マッド・シティー』の名曲”Money Trees”が特に有名なDJダヒとトップ・ドッグ所属のサウンウェーブをプロデューサーに据えた、ゆったりとしており、ややサイケデリックなグルーヴをリフにしたトラック。
YAHとはYeahの訛った呼びかけのようでありながら、同時に神への呼びかけでもある。
といっても、神になにかを訴えかけるというようなものではなくて、「神様」という存在を意識し、誰もが陥りやすい落とし穴を回避しようとする心がけが、どこまでもメロディアスなラップで歌われている。
前作ではヒップホップ・スターとなった自分の環境の激変とどう向き合っていくかというテーマがさまざまな角度から綴られることになったが、その作品によってケンドリックはオバマ元大統領とホワイトハウスで一対一で話し合うような、ヒップホップ・スターを越えたさらなる文化的なアイコンになったこともあり、そのプレッシャーや落とし穴も相当に感じているはずなのだ。
それをこうしたエッジーでありながらどこまでも甘いトラックでチルアウトさせていくところに今のケンドリックの度量を感じさせる。
オバマ元大統領との面会の様子はこちら。
4. ELEMENT.サウンウェーブのほかジェイムス・ブレイクとのコラボレーションになったトラックで、ヒップホップ新時代の第一人者と目されるアーティストとしての自負をあますところなく繰り出していく、ケンドリックの魅力全開のトラック。
ヴァース部分ではどこまでもハードでミニマリスティックなサウンドとともにケンドリックのヒップホップに賭ける意気込みと自負、競合していると目されているほかのアーティストなど実は相手になっていないことが見事なスキルで語られていく。
その一方で、コーラスではジェイムス・ブレイクのキーボードをほのかに響かせながら「腰抜け野郎やビッチをどれだけこきおろすにしてもセクシーに聴かせなきゃならない」と繰り返してみせるのだが、これが恐ろしいほどに病み憑きになるフレーズ。ケンドリックの技炸裂というトラックだ。
何を語るにしても絶対にかっこよく響かなくてはならないという自身の美学と哲学が形になっていて、『グッド・キッド、マッド・シティー』の衝撃を生々しく思い出させてくれる曲だ。
一説ではこの曲にドレイクやビッグ・ショーンへのディスも含まれているとのことだが、まるで特定できない(がおそらく本人だけにはすぐにわかる)ところがケンドリックの芸なのだろう。
どれだけスタイルにこだわったところで、自分の一番伝えたいメッセージの要(element)は絶対に失わないというのがタイトルの意味。
5. FEEL.スローなファンクとして構成されているこの曲はサウンウェーブのプロデュースによるもの。瞑想的でエレクトロニックなサウンドに合わせたベースラインを前作でも大活躍したサンダーキャットが提供している。
内容はさらなる名声を獲得していった自分を誰もが利用しているようにしか思えない心境をつぶさに吐露したもので、どうも釈然としないという気分をすさまじいスキルとともにたたみかけていく。
最終的にこの心情吐露は悪魔と殴り合っているような気がするという自身の内面での疑心暗鬼へと展開し、自分はみんなのために祈ってるのに俺のことは誰が祈ってくれるんだという徒労感に行きついていく。
6. LOYALTY.ケンドリックとはメジャー・デビュー以前からの付き合いで、前作でも活躍したプロデューサーのテラス・マーティンがブルーノ・マーズの”24K Magic"をいじり倒してみたかったと作った音源にさらにサウンウェーブとDJダヒが音を重ねたという音源で、音が出来た瞬間にケンドリックはこの曲にはリアーナを引っ張ってくると宣言したという。
どこまでも病み憑きになるスロー・ファンクになっていて、中毒性の高かった『グッド・キッド、マッド・シティー』の楽曲群を連想させつつも、歌詞的には『グッド・キッド、マッド・シティー』で綴られていた混乱や当惑は完全に乗り越えているところがまさに今のケンドリックの作品になっている。
リアーナとともに人間関係における忠実さを綴っていて、一体誰のためならおまえは最後まで忠実になれるんだと突き詰めて問い続ける内容となっている。
締めでリアーナが「謙虚でいるのはほんとに難しい」と繰り出すフレーズが強烈に効いてくる。
7. PRIDE.ジ・インターネットのスティーヴ・レイシーとのコラボレーション曲で、プロデュースには今回のプロデュース・チームのビーコンも参加している。
スティーヴのけだるいギターが特徴的なトラックで、アイコン的存在となった現在の状況での見栄や自負とどう折り合いをつけていけばいいのかという思いが綴られる。
謙虚に生きたいという目標がありながらも、その時々で物欲に流される自分がいて、でも自分に正直でありたいから謙虚さを装うこともできやしないと心情を吐露する。
そして自分には思いやる気持ちはあるのだけれども、分かち合う気持ちが備わっていないと、地元ロサンゼルス コンプトンの人々を置き去りにして自分だけ長者になってしまった現在の後ろめたさを描く。
『グッド・キッド、マッド・シティー』から共演を繰り返しているアンナ・ワイズとのコーラスではあの世や別な世界では自分にもそういうことはわかっていたはずなのにと歌いつつも、ブリッジのコーラスでは「そもそも俺はそんな世界には住めたことがないのかもしれない」と逡巡するところが切ない。
後編に続く。
(高見展)