ジュリアン・カサブランカス @ 渋谷duo music exchange

関東を直撃した台風がまさにピークの猛威を振るっていた19時21分、客電が落ちた。ジュリアン・カサブランカスの正真正銘ワールド・プレミアがいよいよはじまるのである。

ギュウ詰めのフロアとまるで競うかのように、所狭しと器材が並べられたステージに人影が入ってくる。ひとり、ふたり、さんにん、よにん、ごにん、え? ろくにん? ステージ向かって左から、白のオーバーオールを着たギター、柱が邪魔になって終始観えなかったのだけど女子のパーカッション、ど派手なアロハ・シャツにホワイト・パンツ&ちりちりロン毛の西海岸な(で、始終せわしない)ドラム、ギターを弾いたりすることもあるしキーボードを弾くこともある、まるで双子のようなルックスの文系男子2名、で、これまたちょっとこの場に異色な長髪オールバック&髭フル装備、アメリカ大陸中部的風貌のギター(寡黙そうなおっさんだ)、である。ストロークスのあの、メンバー全員に統率のとれたスタイル主義とはかけ離れた風景なのである。もう、それだけで興奮だ。「誰も聴いていない」ジュリアン・カサブランカスのサウンドは、「誰も観たことのない」バンドの登場(ベースレスだし)で、ますますミステリアス・・・と思っているところに、長身の影。ジュリアンの登場である。びったしなブラック・レザーのジャケットを超然と・・・・、しかし、なんといきなりの最前列握手! 上手から下手へ、そしてまた上手から下手へ。おお。クール・ビューティの化身、ジュリアンが笑っている。そう、すでにこの時点で、ジュリアン・カサブランカスのソロ・ワークのキーワードが、「自由」と「リラックス」であることが明示されたのだ。

果たして、フロア全員の唾を飲み込む音が聞こえてきそうな静寂を破った記念すべき1曲目は、ちょっとカントリー・フレイバーの軽いチューン。緊迫した状況とは真逆なジュリアンの動きと相俟って、会場は一転、陽性なムードに包まれる。そんなジャブに続いては、80Sシンセの音色がポップな、これもまた明るいナンバーだ。ややスローに始まった3曲目は、ドリーミーなシンセ基調の曲、なのだけど、これが次第にエモーショナルに。早くもライブのクライマックスが来る。

ここで、MC。「トーキョー、アイシテマス!」なんとフランクな、そして(ジュリアンにしては)唐突なフレンドリー・メッセージにフロアがどよめく。そこにドロップされる、強引に言ってしまえばストロークス×ヴァンパイア・ウィークエンド風(?)な4曲目。このドライブ感は新鮮だ。5曲目にはさらに3人編成のホーン・セクションが参加、映画のサントラを思わせるドラムによるイントロ、そこから大きな広がりを持つナラティブなフォーク・ソングが繰り出される。

ここまでくると、あたりまえのことだけど、このソロ・ワークが、「ストロークスではないもののすべて」を企図して創られたジュリアンのもうひとつの顔であることがわかる。バックに従えたバンド・メンバーが象徴的なように、それはニューヨークをサバイブするタフな規律から離れ、むしろあたかも偏在するアメリカのようでもある。カントリーであり、フォークであり、過日のシンセ・ポップであり、それらは、タイトに絞り込まれたフォーカスの中で青白く光るストロークスの音とはまた別物の、まさに軽快に、自在に、試みられた音の演習なのだ。と思っていたところに鳴り始めたのは、ダークでダウナーな、これはストロークスのサードを想起させるロックンロール。やはり、手癖は隠せない。隠せないのだけど、しかし、間奏に轟き渡るのは、どこまでもフリーキーなキーボードだったりするのだ。

再びホーンが参加し、メランコリックなギター・ソロが印象的なブルーズ・ナンバーを演り終えると、ジュリアンは、「次がラスト」と一言。8曲目はなんと、大ソウル・ナンバーだった。20時8分。鳴り止まぬ拍手の中、熱唱を終えたジュリアンは、今日もう何度目かの握手大会をフル・ハウスのフロアに浴びせて、「またね」といって去っていった。会場を出たら、雨がすっかり上がっていたので、ちょっと笑ってしまった。(宮嵜広司)
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