作詞作曲を手がける(Vo・G)小柴タケトは、ロックがリアルを歌うのに最も適した表現方法だと知っている。ロックバンドはリスナーと駆け上がっていく「物語」を共有することで、より深く愛されることも理解している。ロックに盲目なわけではなく、現在の音楽シーンを冷静に見渡したうえで、あえて信念を持ってロックを選び鳴らしている。常に自らと向き合い、葛藤する泥臭さがあるからこそ、Cloudyの音楽は圧倒的に頼もしい。
その最新の成果である、「ロックの存在意義」を真っ向から歌い上げた3ヶ月連続配信シングルも、まさにそんな彼らの決意表明だ。そして、その真価は現場の熱狂として証明されており、11月の渋谷クラブクアトロ公演や、全国ツアーもソールドアウトが続出している。ここで小柴が語る言葉から、Cloudyがこれから時代を塗り替える「物語」を一緒に追いかけてほしい。
インタビュー=有本早季 撮影=小杉歩
──1月からの3ヶ月連続リリース(“サミダレ”、“孤軍奮闘歌”、“捧ぐ”)は、それぞれ違うテイストながらCloudyがどういうバンドなのかを明示した、どの3曲も代表曲と言って申し分ない作品でした。手応えはいかがでしたか?歌詞で嘘を吐き出したら、自分が自分じゃなくなるような気がする。
歌詞は自分の中で最後の砦
ライブ中に「あの曲と近いな」と感じてしまうことがあって。それを解消する狙いで違う色の3曲を作ったんです。おかげでセットリストが組みやすくて、バンドの強みを出せるようになったと思います。初期の頃は、メロコアを聴いてきたぶん、何も考えないで作るとBPM200超えの曲ばかりになって(笑)。この3曲はお客さんにも、今までのCloudyとはちょっと違うけど、根本の良さはそのままという感覚で聴いてもらえてる手応えがあります。
──サウンドの広がりがある一方で、歌詞はどの曲も「どうして自分がロックバンドをやっているのか」という部分を歌っていますよね。指を差されたり、傍から見ればくだらないと思われたとしても、ロックで誰かの力になろうとする、大衆的な存在を目指すロックバンドの覚悟が伝わってきました。
自分の本音と向き合った時にいちばんいい曲が書けるんですよ。そうなると、当然僕の今の生活のほとんどがロックバンドなので、自分と向き合うとそういう歌詞がたくさん出てきます。
──明確に「大衆」をめがけていくにあたって、「ロックだからこそできること」についてはどう考えていますか?
大衆に投げたいと言いつつも、今の時代の主流ではないことをやっているなという自負は、活動をすればするほど強くなりますね。でも、付け焼き刃で今の時代に合わせたことをやっても通用しないし、自分のままで達成しないと意味がない。仮に自分の信念を曲げて大衆に合わせて一発当たったとしても、本当に見たい景色は見れない気がする。自分のやりたいスタイルのまま売れるっていう、いちばん単純でいちばん難しいことをやろうとしていることが、今のモチベーションですね。
──小柴くんがそういうふうに思えるのは、ロックは大衆を救えるものだと信じているからですよね。そう強く思えるのは、どうしてですか?
憧れのバンドの皆さんが今まで活動してきてくれたことが本当に救いなんですよね。僕の感性は今の時代とはズレてしまっているかもしれないけど、歴史を振り返ると、20〜30年前にはロックでたくさんの人を感動させた偉大な先輩方の実績があるので。憧れの人たちができたのならば、僕にでもできると思える。だから、どこまでいっても僕はリスナーとしての面がいちばん大きくて。
今流行っている音楽を勉強という耳で聴いたりもするし、これだけ生活のほとんどが音楽になると、いろいろ考えすぎて凝り固まりそうになる瞬間もあるんですけど、学生時代に聴いていた音楽はやっぱりかっこいいし、あの頃の純粋な気持ちに戻れます。理論も流行りもわからないけどなんかかっこいい!と思った気持ちを今も思い出せる。変わらずにいられるのは、時代や環境が変わってもウブな気持ちにさせてくれる自分の好きなバンド、曲たちのおかげだなって思います。
──前回のインタビューで「ファンタジーよりも人間ドラマに惹かれる」とおっしゃっていましたが、リアルでありたいという気持ちは大きいですか?
そうですね。普段喋っていて、純度100で本音を話すことはそんなにないし、いろいろ斜めに見ちゃう性格なんですけど、歌詞で嘘吐いたら終わりだな、という感覚はあって。喋っていることより、よっぽど自分のことを伝えているのが歌詞だと思います。歌詞で嘘吐き出したら自分が自分じゃなくなるような、歌詞が最後の砦になってくれていますね。たとえば今流行りやすい詞やメロというものがわかったとしても、ここで嘘吐いたら終わりだなと、その瀬戸際でずっと戦っています。
──自分の中のリアルな思いを大切にしながら、それを「大衆に届ける」ということとはどう向き合っていますか?
バンド好きだけに刺さるバンドを目指してしまうのはちょっと違うかなと思っていて。それはそれで素敵な在り方のひとつですけど、僕自身が福島の田舎で育って、そもそもライブハウスに頻繁に行くような人間ではなかったので。そういう人に届けるためには、ライブハウスの住人だけではなく、大衆めがけて投げなきゃいけない。実際、Cloudyのお客さんには「数百人キャパのライブハウスは初めて来ました」という方がたくさんいらっしゃって、それがすごく嬉しいんです。昔の僕のような人をライブハウスに呼べたのかなと思うとやりがいを感じますね。