活動休止を待たずに6年前にワン・ダイレクションを脱退したゼインの歩みを振り返ってみると、然るべきファンファーレを伴って登場したファースト『マインド・オブ・マイン』は、アトモスフェリックなR&Bという新機軸が賞賛され大ヒットを記録。絶好のスタートを切ったのに、次は27曲収録のコンセプト・アルバム『イカロス・フォールズ』をサプライズ・リリースするという暴挙に出た。以来メディア露出もツアーもないまま2年が過ぎ、またもやダマテンでサードを送り出した彼は、「誰も聴いちゃいない」と、タイトルで肩を竦めている。前作のセールスが振るわなかったことを思うと興味深いタイトルだが、かつてなく自然体のゼインに出会えるこの簡潔なアルバムを聴いていて、それが一種の達観を示していることに気付かされた。自分の世界の中で完結し満たされている彼は、もはや外界に何も求めておらず、誰にどう思われようと関知せず、アプローズは必要ないのだと。
その世界とはずばり、至福と恍惚の世界だ。フォーカスを絞って愛の力を讃えることに終始する本作は私生活の充実を示唆し、トレンドにこだわらないネオ・ソウル寄りのシンプルなプロダクションが、エフォートレスに歌声に存分に想いを語らせる。
そんなアルバムの肝は、驚くほど率直な言葉で自らのパーソナリティを掘り下げた“アンファックウィテーブル”にあるのだと思う。ここまで自分の本質をさらすのは初めてで、今後も我が道を突き進むだろうことを予告すると共に、ソングライターとして従来の可動域の外に大きく踏み出す曲だ。アイドル時代のトラウマが消えないのかもしれないし、届く人には届くに違いないが、これだけ成熟した作品に辿り着いたなら、もう少し表舞台に出て吹聴してもバチは当たらないんじゃないだろうか?(新谷洋子)
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