ダンス・ミュージック界きっての売れっ子であり重要人物であるディプロ。作品の数も多く、スウィッチとのメジャー・レイザー、シーア、ラビリンスとのLSD、スクリレックスとのジャック・Ü、マーク・ロンソンとのシルク・シティなどなど、いろんな名義・ユニット・コラボなどで常に作品を出しまくっているので意外だが、本作は『Florida』以来、なんと16年ぶり通算2枚目のディプロ名義のソロ・アルバムなのだ。そしてこのアルバムは、かねてから伝えられていた通り、「カントリー・アルバム」なのである。
〈ディプロ・プレゼンツ・トーマス・ウェズリー〉名義で2019年に始まったこのプロジェクトは、ジョナス・ブラザーズやジュリア・マイケルズ、モーガン・ワーレンとのコラボ曲を次々とリリースしてきた。カントリー・ミュージックのフェス「ステージコーチ」へ出演、今年のグラミー授賞式では、リル・ナズ・X、BTS、ビリー・レイ・サイラスらと共に登場、カウボーイ姿でバンジョーを演奏してもいた。その時の楽曲“オールド・タウン・ロード”のリミックスも含め、先行公開された楽曲は本作に収められているが、こうしてアルバムとしてまとまったものを聴くと、ディプロの本気が伝わってくるのである。彼の音楽的なカメレオンぶりは今に始まったことではないが、今回ののめり込みぶりは尋常ではない。アート・ワークやアーティスト写真ではカントリーの典型的イメージをパロディにしたような面がうかがえたが、音楽面では「マジ」である。
もちろん、カントリー・アルバムと言っても、本当の直球のどカントリーをやっているわけではなく、ディプロ流のダンス・ポップとフォーク〜カントリー・フレイバーを持った楽曲を融合した世界を作っている。生ギターなど生楽器を多用し、メロディアスで哀愁のこもった歌とコーラスが打ち込みのビートと共に鳴らされる。だがその折衷の案配が、彼の本気の表れなのである。
(白人たちにとっての)古き良きアメリカを想起させるカントリーは、ディプロにとっても心の拠り所なのかもしれない。それは一種のノスタルジーである。ラジカルな音楽をやっていた米国の音楽家たちが居心地のいいカントリーというネグラに「回帰」してしまう過程にどうも馴染めない私にとって、メランコリックでノスタルジックな楽曲が並ぶ本作は、本来のディプロらしい型破りで猥雑なエネルギーが感じられない作品に聞こえてしまう。ポップ・ソングとしての完成度は高いから、これは客観的な評価というより単に相性が悪いということだが。(小野島大)
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