本当のテイラー・スウィフト

テイラー・スウィフト『ラヴァー』
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ALBUM
テイラー・スウィフト ラヴァー

テイラー・スウィフトのニュー・アルバム『ラヴァー』のリリースから1ヶ月以上が経ったが、本作を繰り返し聴けば聴くほど、彼女がここで手にした自由に感動を覚えずにはいられない。テイラーがこれほど、他者から貼られ続けたレッテルも、自家製のプレッシャーからも解き放たれて、シンプルに曲と向き合ったアルバムは久々なんじゃないだろうか。

《かつてあなたって人がいたことをすっかり忘れていたの。忘れるのは死ぬほど辛いかと思っていたけれど、全然、そんなことなかったな》と歌うオープニング・チューンの“アイ・フォーゴット・ザット・ユー・イグジステッド”がいきなり痛快だ。過去の恋愛やゴシップ、評判(レピュテーション)に振り回された日々は、もう振り返らないのだと宣言する、見事なリセットのオープナーだ。

本作は驚くほど移り気に楽曲毎に表情を変えていく、動的なアルバムでもある。細部まで整えられたコンセプト・アルバムだった直近の2作品との対比によって、本作の移り気な足取りはより際立つのだ。80年代へのオマージュたっぷりのカラフルなシンセ・ポップ作で、シアトリカルで完成度の高いツアーのセッティングも含めてテイラーの最初の到達点だった『1989』。ヒップホップやR&Bを採り入れながら、無責任な悪評を突きつけてくる世間に睨みを利かせたダーク・ポップ作『レピュテーション』。そんな直近2作の劇的なコントラストは、世界中に愛され、同時に憎まれてきたテイラーゆえの、オーロラ姫とマレフィセントのようなアンビバレンツの体現だった。それは大量消費のポップ・ミュージックの化身として、彼女が引き受けざるを得なかった業でもあったわけだが、本作のテイラーはその業を肩から下ろし、何かの化身ではなく、素っぴんのテイラー・スウィフト自身として歌っている。

テイラーの気持ちの赴くままに走る本アルバムは、全18曲という長大ボリューム作でもある。かたちを定めないまま18曲も積み重ねると散漫になりそうなものだが、そこはジャック・アントノフ率いるプロデューサー陣が見事な采配で、パニック!アット・ザ・ディスコのブレンドンをフィーチャーした“ME!”や、パーカッシブなボーカルにジャネール・モネイを感じずにはいられない“アイ・シンク・ヒー・ノウズ”のようなバンガーなポップ・チューンが要所要所でインサートされ、アルバムを引き締めている。アントノフとジョエル・リトルがアップ・トゥ・デイトなモダン・ポップへと楽曲を磨いていく一方で、テイラーのソングライティングは究極にシンプルで、シンプルだからこそ質の高さが際立っている。《いつもこんな風に、ずっとあなたの近くにいていい?》と無防備なほど素直な恋心を歌うタイトル・トラックは、彼女の原点を思い出させるピュアなカントリー・バラッドだ。“ジ・アーチャー”もマジー・スターを彷彿させるドリーム・ポップ調のカントリー・チューンであり、スティール・パンやトランペットがリバーブの中で幽玄の美を見出していく“イッツ・ナイス・トゥ・ハヴ・ア・フレンド”も含めて、ポップのケミカルな装飾を削ぎ落としたナンバー群も素晴らしい。“スーン・ユール・ゲット・ベター”は、がんに侵された母への想いを歌ったナンバーで、本作の中でも最も完成させるのがハードな曲だったと彼女は語っているが、バンジョーとフィドルが控えめにメロディを撫ぜていくバロックの親密さの中で、枕元で母に囁きかけるような歌声がどこまでもリアルで胸を打つのだ。

もうひとつ本アルバム制作時に訪れた大きな転機が、ついに彼女が自身の政治的スタンスを明らかにしたことだ。保守的とされるカントリー・シーンから登場した彼女は長らくリベラルを表明することは難しいとされてきた人で、実際多くのアーティストが反トランプの声を上げた先の大統領選でも沈黙を守っていた。しかし、昨年秋の中間選挙で初めて民主党支持を明確にして以降の彼女は、積極的に政治や社会とのかかわりを持ち始めている。そのモードは本作にも反映されていて、例えば《アメリカの物語は燃え尽きてしまった、私はすごく無力だ。女の子たちはみんながっかりしている》と歌う “ミス・アメリカーナ&ザ・ハートブレイク・プリンス”。妊娠中絶を制限する州法の制定が続き、女性たちの激しい怒りが渦巻いている現在のアメリカにおいて、テイラーが「女の子の失望」を歌った意味は限りなく大きいと思うし、“ユー・ニード・トゥ・カーム・ダウン”では力強いコーラスに乗せて、《落ち着いたらどうかな、大騒ぎしすぎよ》とホモフォビアによるヘイトを窘め、LGBTQコミュニティへのサポートを訴えかけている。20代最後の年にこうしてさらなる高みへと力強く羽ばたいたテイラーの姿が、何より眩しく頼もしいのだ。 (粉川しの)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。
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テイラー・スウィフト ラヴァー - 『rockin'on』2019年11月号『rockin'on』2019年11月号
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