アメリカのアイコンであり、カントリーシンガーのドリー・パートンが亡くなった。享年80歳。
今年の5月には、健康上の問題を理由にラスベガスでのレジデンシーをキャンセルしたばかりで、体調を懸念する声は上がっていた。しかし本人は治療はうまくいっており、「日に日によくなっている」と話していたこともあり、突然の訃報に大きな衝撃が走っている。家族によれば、ドリーは短期間の癌闘病の末、8月25日にナッシュビルで亡くなった。しかし訃報が伝わると、すぐに全米、そして世界中で追悼が始まった。ニューヨークのエンパイアステイトビルもピンクに輝いた。
ホワイト・ストライプス時代に“Jolene “をカバーしていたジャック・ホワイトは、その日のロンドン公演で、追悼の“Jolene"を披露。ジャックがこの曲をライブで演奏するのは19年ぶりだった。
その前にはインスタで「即、聖人に」と投稿していた。
NYタイムズは2019年の記事で、さまざまな意見を持つアメリカ人が「全員の意見が一致することなんてあるのだろうか? ある。ドリー・パートンだ」というタイトルの記事を掲載していたこともあった。それほど「彼女は、まさに人々をひとつにする存在だった」。その証拠に、彼女への追悼はあらゆるジャンルのアーティストから寄せられ、テレビでもすぐに追悼番組を放送された。しかし印象的だったのは、誰もが彼女について語っているうちに、悲嘆に暮れるというより、次第に表情がほころんでいくことだった。それこそが、ドリー・パートンという人が持っていた本当の力だったのではないかと思った。以下、追悼の言葉をいくつか紹介する。⚫︎エミネム(エミネムが2022年にロック殿堂入りした際に、ドリーから受け取った手紙を紹介)
「マーシャル(エミネム)
ロック殿堂入り、本当におめでとうございます。あなたのパフォーマンスは本当に素晴らしくて、誰もがそう言っていました。私はラップミュージックについてはそれほど詳しくはないけど、でもあなたがその世界で最高の存在だということは分かりました。それとは別に、これから言うことを変だとか奇妙だと思わないで欲しいのですが、私はずっと、なぜか説明のつかないつながりをあなたに感じてきました。まるで、昔からあなたのことを知っているような気がするのです。あの式典であなたに会えたらと思っていたのですが、ああいう場所がどれだけ大騒ぎになるかは知っていますよね。個人的にもああいう場所が嫌いなのです。それで結局、あなたに会う機会を逃してしまいました。でもいつか会えるといいですね。それまで、今やっていることをそのまま続けてください。だってあなたのやっていることは素晴らしいから。そしてあなたを取り巻く世界がどれだけ複雑だったとしても、これだけは忘れないでください。あなたはとても特別な人で、自分でも気づいていないような形で、人々の心に触れているのです。愛と敬意を込めて。
ドリー・パートン」この手紙に添えたエミネムのコメント。
「結局一度も会うことができなくて、本当に残念だった。でも、ドリーからこの手紙をもらったことは、本当に大きな出来事だった。わざわざ時間を割いて、こんな手紙を書いてくれる必要なんて全くなかったのに。ラップばかり聴いて育った俺にとっても、彼女はアイコンだった。あらゆる意味でのスーパースターだった。安らかに眠ってください、ドリー。そして優しい言葉をありがとう」⚫︎ビヨンセ(『Cowboy Carter』で“Jolene”をカバー。2曲でコラボ)「ドリー、あなたは目指すべき存在でした。北極星のように、進べき方向を示してくれるような存在でした。大胆で、輝くしく、才能に溢れ、そして不屈の人でした。あなたは、本当の意味で“自分らしくあること”とは何かを、たくさんの人に教えてくれました。あなたの芸術、あなたの心、寛大さ、ユーモア、そして起業家としての才能、その全てに感謝しています。あなたと一緒に仕事する素晴らしい機会に恵まれたことをとても光栄に思います。その経験を、永遠に大切にします。世界にこれほど大きな影響を与えてくれてありがとう。あなたは、その喜びに溢れた芸術によって、この世界をより幸せな場所にしてくれた天使です。あなたは本当に唯一無二の存在でした。どうか安らかに眠ってください」ビヨンセによる“Jolene”
ドリー・パートン“Jolene”
⚫︎テイラー・スウィフト
「ドリーのいない世界なんて、あり得ないし、現実だとも、正しいことだとも思えない。でも彼女がこの世で過ごした時間を惜しみなく人々のために使い、数え切れないほど多くの人の人生をより良いものに変えたからこそ、彼女のレガシーは永遠に残り続けるでしょう。彼女は本当に、与え続ける贈り物のような人でした。ドリーは私たち1人1人に“自分らしくいて良い”と励ましながら、同時に憧れ、見上げることができるような存在でもありました。彼女はどういうわけか、この世界についての大切なことを、優しく、誠実に、しかも時に、とびきり面白く教えれくれました。人生のある部分では、究極の謎や幻想を残しながら、本当に驚くようなことでは、率直で隠し立てがなかった。彼女は気品と不屈の強さを、ひとりの眩い人間の中に同時に持っていた人でした。他人の苦しみに対してはこの上なく優しい心を持ちながら、アーティストとしての自分の価値を守るためには、鋼のような強い背骨を持っていた。他のファンの皆さんと同じように、私はその全てに心から感謝しています。どんなに冷え切った心さえも溶かしてしまうような、彼女が書いたメロディと言葉に。世界中の子供たちが、彼女のように物語を愛するようにと届けた、何百万冊もの本に。そして私のような少女たちが、大きくなったら自分もそのサーカスに加われるかもしれないと夢見られるように、彼女自身が渡ってみせた数々の綱渡りに。ドリー、これから先、人生の一歩一歩で、私はあなたことを思いだすでしょう。テイラー・スウィフト」「子供たちに何百万冊の本を届けた」というのは、ドリーの行っているチャリティ「ドリー・パートンの“イマジネーション・ライブラリー”」のこと。彼女の父親が読み書きができなかったことをきっかけに、1995年から、収入に関係なく参加でき、テネシー州から、今はアメリカ全土、カナダ、イギリス、オーストラリア、アイルランドの子供たちに毎月300万冊以上の本を送っている。またテイラーとトラビス・ケルシーは7月3日に結婚した際に、このライブラリーに200万ドルを寄付。ドリーも、2人への感謝の言葉を述べ、歌まで披露する動画を投稿していた。
⚫︎マイリー・サイラス(マイリーはドリーのゴッドドーター)
「ドリーおばさんを失ったこの気持ちは、言葉にして人に伝えることさえ正しいと思えないほど深いものです。私たちにとって最も神聖な時間は、2人だけのものでした。そしてそれはこれからも、ステージの裏で、華やかさの陰に、そして私たちの心と心の間にそっとしまっておきます。ただ分かっているのは、ドリーならきっと、私にこの悲しみをちゃんと感じて、それを歌にして、そして前を向いて強く生きて欲しいと思っているはずだということ。ドリーは私を見守ってくれている天使で、それはこれまでもずっとそうでした。2人で最後に交わした会話は、音楽と変容についてでした。🦋私はこれからもずっと彼女を愛し続けるし、彼女が誇りに思ってくれるような人でありたいと思う。彼女を失った世界を思うと胸が張り裂けそうです。それから、彼女を深く恋しく思う家族や友人たちも。この喪失を私たちはみんなで一緒に抱えています。そしてこれからは、あらゆる美しいものの中に、彼女を見出していくのだと思います」ドリーがカバーしたマイリーの“Wrecking Ball”⚫︎サブリナ・カーペンター(“Please Please Please”で共演)
「ドリー……💔
初めて会った後、私が言えたのは、『この人、本当に地上を歩く天使なんだ』ということと、『私たち姉妹みたいに見える!』ということだけでした。一緒に笑ったこと、交わした会話をずっと大切にします。そしてあなたの知恵や、人生を楽しむ遊び心、完璧なユーモアのセンス。雨の日のためにポケットにしまっておきます。あなたのような人は、もう2度と現れないでしょう。あなたの唯一無二の魔法。そして一緒に一度出会えるかという歌声、楽曲、それに心に触れることができた私たちはなんて幸運だったのだろうと思います。あなたの光を、世界はこれからもずっと探し続けるでしょう🦋🦋🦋I will always love you」“Please Please Please”のMV。
⚫︎ビリー・アイリッシュ「ドリーのような人は、もう二度と現れない。私はこれからもずっと、彼女を敬愛し続ける。尽きることのなく人を励ましてくれた音楽。大きな愛に満ちた心。そしていつも周りの人たちを気にかけ、支え続けたその姿を。彼女がいるだけで、どんな場所も明るくなった」
ビリーはインスタのストーリーズに投稿したのでもう写真は見えないかもだけど、彼女のお母さんの投稿でビリーが一緒に撮った写真が見れる。
⚫︎ハリー・スタイルズ
NYのマディソン・スクエア・ガーデンで30公演の初日を行ったハリー・スタイルズ。ライブの終盤で、ドリーを追悼した。
「長年にわたって僕をインスパイアしてくれた全てのミュージシャンに、ここできちんと感謝の気持ちを伝えたい。ドリー、僕らはあなたを愛しています。本当にありがとう」と言って、会場に“I Will Always Love You”が流れた。感動的な場面となった。⚫︎コートニー・ラヴ
「彼女は最も偉大なアメリカ人であること。それに同意できない人はいないと思う。彼女は愚かでもなければ、“ブロンドのおバカ”でもなかった。そして私が文字を読めるようになったのは彼女のおかげ。ドリー、あなたは私たちの国の聖人であり、私たちの中で、最も素晴らしい人でした」⚫︎ポール・マッカートニー
「偉大なスター、ドリー・パートンが亡くなった。あまりに悲しい。彼女は本当に素晴らしい女性だった。初めて彼女に会ったのはナッシュビルのグランド・オール・オプリだった。彼女は当時、カントリースターのポーター・ワゴナーと活動していて、まさにソロ・キャリアを始めようとしているところだった。とにかく明るく、生命力にあふれた人だったから、彼女が亡くなったという知らせを受け止める本当に難しい。彼女のソングライティング、歌声、そして事前活動は、カントリーミュージックの世界でも比類ないものだった。ドリーのいない世界で生きていくなんて、想像するのも難しい。彼女は非常に聡明なビジネスウーマンでもあり、自分の音楽の価値を理解していた。そして何より、自分が世界の人々にどれほど大きな影響を与えているかもわかっていた。彼女が僕の曲“Let It Be”を歌ってくれたことほど、僕にとって光栄なことはない。僕自身はそのレコーディングにほんの少しだけ参加したのだけど、彼女がこの曲を歌ってくれたことを心から誇りに思っている。彼女を知ることができたこと、そしてその唯一無二の才能を目の当たりにできたことを、本当に誇りに思う。ドリー、僕に、そして世界中の人々に美しい音楽を届けてくれてありがとう。僕たちはいつまでもあなたを愛しています(We will always love you)。神のご加護がありますように。どうか安らかに。あなたは最高だった」ドリー・パートンの“Let It Be”
⚫︎リンダ・ロンシュタット「友人ドリー・パートンの訃報に、深い悲しみを感じています。彼女と一緒にレコーディングできたことは、私の人生の中でも、最も特別な音楽体験のひとつでした。彼女を失ったことで、この世界はこれまでよりも寂しい場所になってしまいました」リンダ・ロンシュタット、ドリー・パートン、エミルー・ハリスによる“After the Gold Rush"⚫︎オバマ元米大統領
「ドリー・パートン以上に大きな影響を与えた人を、そう簡単には思い浮かべられない。一部屋しかない小さな家に生まれ、11のグラミー賞とエミー賞を受賞し、ビジネス帝国を築き、何百万人もの子どもたちが本を読めるように支援し、さらに、それだけでも十分素晴らしいのに、モデルナの新型コロナワクチンにつながる研究の加速にも貢献しました。なんという人生だったのでしょう。ミッシェルと私は、ドリーのご家族、そして本当に大勢のファンに思いを寄せています」ドリーは、2020年に新型コロナ研究に100万ドルを寄付。その資金の一部は、のちにモデルナ製ワクチンにつながる初期研究にも使われた。⚫︎英王室
「多くの人々に喜びと安らぎ、そしてインスピレーションを与えてくれた、偉大なるドリーを偲びます。その中には、彼女の『イマジネーション・ライブラリー』を通じて無料で本を贈られた何百万人もの子どもたちも含まれています。私たちはいつまでもあなたを愛しています❤️」⚫︎ホイットニー・ヒューストンによる”I Will Always Love You”カバー
そしてホイットニー・ヒューストンがカバーした“I Will Always Love You”も、音楽史に残る瞬間だ。ドリーはそれについて、ここで語っている。実はこの曲は、エルヴィス・プレスリーもカバーしたいと申し出ていた。ドリーはエルヴィスが大好きだったので大喜びしたが、彼のマネージャーから曲の出版権を半分渡すように求められたため、「それは自分にとって大切な権利だから」と、断ったという。しかし、のちにホイットニー・ヒューストンがカバーすることになったので、結果的には良かった、と。ホイットニー版を初めて聴いた時、ドリーは車に乗っていたという。あまりに素晴らしくて、車を止めなくてはいけないほどだった。「人生最高の経験だった」と語っている。またドリーは、ホイットニーのカバーによって得た著作権料を、ナッシュビルの黒人コミュニティにある不動産への投資に充てたことでも知られている。彼女はそのことについて「これはホイットニーが建ててくれた家」と語っていた。
ホイットニー・ヒューストン“I Will Always Love You”
ドリー・パートン“I Will Always Love You”
心よりご冥福をお祈りします。