【トランプ政権誕生1年】アメリカの憂うべき「今」が生んだアルバム9選(前編)
2018.02.03 10:00
ドナルド・トランプ氏が米大統領に就任してはや1年。この1年間にリリースされた作品を振り返ってみると、やはりどこか政治的、社会的なメッセージが込められた作品が多かった印象が強い。
しかし、そうした作品が「トランプという現象」に触発されて制作されたものだったのかというと必ずしもそうとは言い難い。明らかにトランプ政権の誕生に影響を受け創作へ向かったというケースももちろんあるものの、むしろ、ずっと温めてきたメッセージ性の強い作品が「トランプというきっかけ」によってそのメッセージ性をさらに強くさせていったというケースが多かったように思う。
本記事では、昨年1月20日のトランプ政権誕生以降にリリースされたアルバムの中から、トランプ大統領からの影響を特に色濃く反映している9枚の作品を解説。まずは前編として、ケンドリック・ラマーの『ダム』からプロフェッツ・オブ・レイジの『プロフェッツ・オブ・レイジ』までの5枚を紹介していく。
ケンドリック・ラマー『ダム』4月14日リリース
まずは4月にリリースされたケンドリック・ラマーの『ダム』。これこそ、トランプ政権の誕生によってアルバムのテーマとメッセージがより一層激しく際立つことになった作品だったといえるだろう。
しかし無論、作品の内容そのものはトランプに触発されたものではない。むしろ、ケンドリックを新世代の旗手へと押し上げた2012年の『グッド・キッド、マッド・シティー』、ヒップホップ・スターとしての苦悩を綴った2015年の『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』に続くテーマと、しっかりと向き合う内容の作品だった。
それはアメリカでも最も凶悪な犯罪多発地帯で育った自身の生い立ちや被害者意識から脱却し、巨視的に自分たちのコミュニティーの貧困や社会不安を見つめ直すというものであり、ケンドリックの父親が、シカゴからN.W.A.を生んだ犯罪都市コンプトンに移り住んだ時のエピソードから現在へと繋がる、格差・犯罪・差別などを紐解く作品となっている。
この作品では2012年以来顕在化し始めた警察権力による黒人への不当な射殺事件などが間違いなく大きなメッセージとなっており、こうしたテーマがトランプ政権の誕生とともになおさら深刻なものとして響くようになったことはいうまでもない。グラミー賞本命とも目されていたが、ラップ部門と「Best Music Video」の受賞にとどまった。
ゴリラズ『ヒューマンズ』4月28日リリース
『ダム』のリリースから2週間後の4月28日にリリースされ、トランプへの反感が実際に大きなインスピレーションとなっていたのがゴリラズの新作『ヒューマンズ』だ。
多数のゲスト・アーティストを迎えることで知られるゴリラズだが、デーモン・アルバーンは本作の制作の際、そうした客演アーティストに対し、トランプが大統領になった世界を想定して楽曲に向き合ってほしいと要請。今作で特徴的な、カオティックなテンションの高さを生み出すことに成功したことを明らかにしている。
しかしその後、政治性に偏向した作品にならないようにと、トランプ大統領へのあからさまな言及はすべて編集でぼかしたのだとか。そもそもデーモンが「トランプが大統領になった世界」というものを設定したのは、予期せぬ天変地異に直面した世界を設定したから。つまり、デーモンが現実的にあり得ないと考えていたトランプ政権誕生という「天変地異」が、予期せずして現実となったのである。
ロジャー・ウォーターズ『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』6月2日リリース
オリジナル・ソロ作品としては25年ぶりの新作となった、元ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズによる『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』。内容そのものは子供たちが戦争や紛争などで傷ついたり、命を落としたりしているという世情への自覚を促すテーマになっている。
こんな世の中をそのままにしておいて良いのか、という問いかけを、自らが在籍していた70年代後半のピンク・フロイドを限りなく彷彿とさせるサウンドとともに投げかけていくものとなっている。おそらく数年越しで書き続けたテーマなのだろうが、ロジャーは本来であれば、もっと具体的に政治的なメッセージを打ち出す内容になっていたとも明かしている。
パレスチナ難民の処遇について、これまでにも激しいイスラエル批判を繰り返し展開してきたロジャーだけに、恐らくそうしたあからさまな内容も含まれていたのだろう。しかし、プロデューサーのナイジェル・ゴドリッチから具体的な言及から離れるようにと促され、極力それに応じたのだという。
ただ、トランプへの言及だけは抑えられなかったようだ。“Picture This”では「法律がまかりとおらない法廷を想像してごらんよ」「洗浄されない便所を想像してごらんよ」などとロジャーが得意とするフレーズの羅列を重ね、「脳味噌のない指導者を想像してごらんよ」と歌い上げたあと、「脳味噌のない」というフレーズを繰り返し強調してみせている。
タイトル曲“Is This the Life We Really Want?”に至ってはトランプの発言そのものを引用し、アルバムのテーマとトランプ批判を完全に重ね合わせた内容のメッセージを提示している。
LCDサウンドシステム『アメリカン・ドリーム』9月1日リリース
解散から5年経ち、7年ぶりの新作を引っ提げて復活したLCDサウンドシステム。9月にリリースした本作『アメリカン・ドリーム』は、ポスト・パンクとダンス・ミュージックを融合させたモダンなロック・サウンドに乗せて、都市生活者としての憂鬱な心象を歌い上げるそのスタイルが見事に復活した、LCDサウンドシステムの魅力満載の新作となった。
ただアルバム制作そのものは2015年から進めていたとも言われているし、歌詞的なテーマにしても、ジェームス・マーフィーが抱える抑鬱状態や苦悩がさまざまな形で書き綴られた極めて個人的な内容となっている。
つまり、トランプ大統領の誕生には直接的な影響を受けていない作品でありつつ、こうした抑鬱状態の数々を綴った歌詞をエネルギッシュなダンス・サウンドとともに歌い上げるという、LCDサウンドシステムならではのいびつな高揚感がまさにこの時代には必要だというところが、どこまでもトランプ時代的なのだ。
加えて、ジェームスの個人的な経験から離れた上でこのアルバムが醸し出すある種のやるせなさは恐らく、トランプ時代を現実に生きるリスナーの心情に切に働きかけるものでもあるのだ。
プロフェッツ・オブ・レイジ『プロフェッツ・オブ・レイジ』9月15日リリース
9月に入ってリリースされたプロフェッツ・オブ・レイジの1stアルバム『プロフェッツ・オブ・レイジ』。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、パブリック・エネミー、サイプレス・ヒルのメンバーからなる彼らは、トランプの大統領選出馬という現象が直接的にメンバーを奮い立たせたという、あくまでもトランプありきのプロジェクトだ。
2016年の選挙戦序盤にレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのトム・モレロがレイジのティム・コマーフォードとブラッド・ウィルクを従え、パブリック・エネミーのチャックDとサイプレス・ヒルのB・リアルにボーカルとして参加を要請したという。
チャックDとB・リアルという人選はレイジとパブリック・エネミー、そしてサイプレス・ヒルに共通した体制糾弾的な体質を踏まえてのことだ。さらにレイジのボーカルであるザック・デ・ラ・ロッチャが不参加となったため、ザックの後押しを得るためにも、デビュー前からレイジに目をかけていたチャックDとB・リアルという人選は必須だったのだという。
バンドは選挙戦の期間中にアメリカ・ツアーを催行し、EP『ザ・パーティーズ・オーヴァー』をリリース。明けて2017年9月に本作をリリースしたわけだが、テーマ的にはトランプ政権批判を飛び越え、権力側の抑圧や横暴というより大きなテーマへの批判に徹した内容であり、早くもポスト・トランプ的な内容となっていたとも言える。なお、プロフェッツ・オブ・レイジは3月下旬から来日を予定している。 (高見展)
続く後編は明日掲載予定。『コンクリート・アンド・ゴールド』(フー・ファイターズ)、『ソングス・オブ・エクスペリエンス』(U2)、『ノー_ワン・エヴァー・リアリー・ダイズ』(N.E.R.D)、『リバイバル』(エミネム)の4枚を解説する。