まさかこの2人が共演するステージを日本で目の当たりにすることが出来るとは。昨年のコラボレーション・アルバム『ディスタント・リラティヴス』を引っ提げての、ナズとダミアン・“ジュニア・ゴング”・マーリーによる『DISTANT RELATIVES TOUR』東京公演。ヒップ・ホップ界随一のリリシストとボブ・マーリーの遺伝子を継いだフレッシュな才能とのタッグから生み出された名盤が、生で再現されるのである。ゲストのMighty Crownによるフロア直対応型の、ヒップ・ホップやソウル、ダンスホール・レゲエと次々にクラシックを投下して煽り立てるサウンドシステム・パフォーマンスがオーディエンスの心と体を温め、いよいよナズとダミアンが登場だ。
バックドロップには『ディスタント・リラティヴス』のジャケット・アートワークを模したナズとダミアンの顔。その中央にはアフリカ大陸のシルエットがLEDによって浮き上がっていった。ギター、ベース、ドラムス、パーカッション、キーボード×2、DJ、女性コーラス×2という編成のバック・バンドが、凄まじくタイトにしてファンキーな演奏をスタートさせる。アルバムのオープニング・チューンである“アズ・ウィー・エンター”を触りだけ聴かせると、すぐさまアフロ・ファンク風の“トライブス・アット・ウォー”に突入していった。膝まで届くようなドレッドロックスを揺らしながらダミアンがまず最初のヴァースを歌い上げ、そしてサングラスとゴールドのロザリオを身に付けたナズがキレまくるラップを披露してゆく。さらにバンドはバウンシーなリズムを解き放ち、瞬く間にオーディエンスを熱狂の中へと叩き込むのであった。
ダミアンがすっと袖に姿を隠すと、なんとまだ序盤だというのにここからステージはナズの独壇場。“レプレゼント”や“イフ・アイ・ルールド・ザ・ワールド”などの悶絶級クラシックを次々に惜しみなく投下して、一曲毎に大歓声を浴びる。《もし俺が神のように世界を仕切る者だったなら/人々を自由に解き放ち、そして愛するはずなのに》。アフリカ系アメリカ人/ジャマイカ人の共通項として引き出された『ディスタント・リラティヴス』の自由と解放のテーマに、この曲の名フレーズが重なってゆく。すこぶるロックで力強いバンド・アレンジもかっこいい。「ダミアンとのアルバムを携えてここに立てるのが嬉しいよ。ここにいる、すべてのリアルな人々に捧げよう」。アフリカ回帰/アフリカ支援をテーマにしたアルバムだから、今回はプレイされなかったけどナズの持ち曲ならTOTOの“アフリカ”を思いっきりサンプリングした“ニュー・ワールド”などもハマりそうだ。
そしてダミアンが戻ったところで楽曲も再び『ディスタント・リラティヴス』収録曲へ。ダミアンと異母兄のスティーヴン・マーリーが作曲の主導権を握ったアルバムは、レゲエを下地にしながらも、雄大なビジョンと果てしない郷愁をたたえたトーンが特徴的で(中には風通しのよいトロピカル・ファンク・チューン“カウント・ユア・ブレッシングス”などもあってライブでは盛り上がったが)、そのことが話題性だけには留まらないコンセプチュアルなコラボ作であることの証明にもなっている。アフリカ系のルーツを持つアーティストが主張するところの「アフリカ回帰」とは、多くの場合物理的/地理的な意味でのアフリカへの移動や知識レベルでのアフリカ学習を指すのではなくて、目の前に広がる世界の中での己のアイデンティティ喚起を求めてゆくものだ。今回の作品の場合は、そのことが物理的な意味でのアフリカ支援にも繋がっている。
特筆すべきなのは、本作がナズとダミアン、それぞれのキャリアにおいても新しい価値観を探る重要な作品となったことで、ダミアンにとっては先に触れた新しいソング・ライティングとナズによる世界最高峰の「言葉」を得たこと、そしてナズにとっては、良くも悪くもヒップ・ホップの歴史と尊厳に頭のてっぺんまで浸かっていたキャリア(普通に評価すればそのすべてが優れた作品なのに、いつでもデビュー作と比較されてしまうという彼のディスコグラフィーの不幸)に風穴を開けたことだ。それによって2人は、新しいオピニオン・リーダーとしてのポジションの確保にも成功していた。サンプリングされた故デニス・ブラウンのボーカル・パートをオーディエンスに委ねた、ファットかつダビーなバンドの演奏も凄い“ランド・オブ・プロミス”を乗りこなしてゆくナズのラップは、表現として適切か分からないがちょっと笑ってしまうぐらい新鮮で、何より当の本人も楽しそうに見えた。
ダミアンのソロ・パートでは、ニュー・ルーツ風にアップリフティングなダンスホール風といった現代的なサウンドの中、彼のオリジナル曲と併せて“ウォー”や“エクソダス”などの父・ボブの楽曲もダミアンならではの解釈で披露される。これにはさすがにオーディエンスも興奮の先にある感嘆の声を漏らしていた。歌もトースティングもマルチに難なくこなし、そのくせ妙にシャイな振る舞いも見せるダミアンの佇まいがまたかっこいい。ソロ・パートとコラボ・パートを目まぐるしくスイッチしながら、物悲しいピアノの旋律が導く“ストロング・ウィル・コンティニュー”で2人は拳をぶつけあい、今度は背中合わせになってデュエットを披露したりするのだった。ちょうど同じぐらいの背丈だから、ものすごく絵になる。
そして終盤、『ディスタント・リラティヴス』以前に2人がコラボを果たした“ロード・トゥ・ザイオン”では、ダミアンがオーディエンスに呼び掛けてフロア一面にライターの火が灯される。美しい、スピリチュアルな光景だ。そしてナズが「ジャマイカもニューヨークも日本も、ひとつのファミリーなんだ。心のアフリカを求めよう」と語って、本編ラストの“アフリカ・マスト・ウェイク・アップ”へ。ギタリストが前へと進み出て、彼の奏でるドラマティックなアフロ・ブルース風フレーズが場内に余韻を残すのだった。
アンコールでは“アズ・ウィー・エンター”、そしてダミアンの「オールドスクールにいこうか!」という呼び掛けと彼が叩くパーカッションの中で披露されたナズの迫力満点“ワン・マイク”、そして最後に大きなシンガロングを巻き起こしてフィニッシュした感涙のボブ・マーリー・カヴァー“クッド・ユー・ビーラヴド”まで、終わってみればあっという間の2時間だった。本当に2人ともこのアルバム・プロジェクトとツアーに大きな意義を見つけつつ楽しんでいるのが直に感じ取れたし、今後のそれぞれの活動にもポジティブな影響をもたらしてくれるに違いない。そう確信したショウであった。明けて25日には、引き続き横浜ベイホールで、彼らのパフォーマンスが行われる予定になっている。(小池宏和)
ナズ & ダミアン・“ジュニア・ゴング”・マーリー @ Zepp Tokyo
2011.02.24