リック・ウェイクマン @ 東京国際フォーラム ホールC

東京国際フォーラム ホールCの広いステージにセッティングされているのは、スタインウェイのグランドピアノ1台だけ。今年の4月には、イエス在籍中の1974年に発表したソロ・アルバム『地底探検』初演から40周年を記念して、オーケストラとの共演による全英ツアー『JOURNEY TO THE CENTRE OF THE EARTH TOUR』計14公演を開催していた稀代の名キーボーディスト=リック・ウェイクマン。だが、東京&大阪2回だけの特別日本公演として開催された今回の来日公演は、ソロ・コンサートというかピアノ・リサイタルというか、つまりはイエスやソロ、デヴィッド・ボウイやキャット・スティーヴンスなど多くのアーティストの作品への参加など、リック・ウェイクマンがこれまでのキャリアで披露してきた楽曲群を、たった1人のピアノ・アレンジで演奏する、というものだ。それこそムーグ・シンセサイザーにメロトロンにハモンド・オルガンに、といった鍵盤楽器群を積み上げた要塞の如きキーボード・セットの中で各音色を自由自在に操る――という往年の姿が脳裏に焼きついているベテラン・ファンが客席のほとんどを占めていたはずのこの日の公演はしかし、彼がそのクラシックの素養を通して描き続けてきた壮大な世界観の核心が露になった珠玉のアクトだったし、広大な会場を終始静かな興奮に包んでいた。

“パッヘルベルのカノン”の弦楽SEに乗って、ダブルのスーツ姿で意気揚々と登場したリック・ウェイクマン御年65歳。そのストリングスに合わせてそのまま“カノン”を鮮やかに「合奏」してみせた後、「日本語で話してみよう」とばかりにカンペを見ながら「サッカー・ワールドカップ、イングランド、ヘタクソ。マイ・ジャパニーズ……ヘタクソ(笑)」と会場を沸かせる御大。そこから実質2枚目となるソロ・アルバム『ヘンリー八世の六人の妻』より“アラゴンのキャサリン(Catherine Of Aragon)”“キャサリン・ハワード(Catherine Howard)”をメドレー形式で立て続けに披露してみせる。目映い音が次々にあふれ出してくるような“アラゴンのキャサリン”の華麗なる超速フレーズ、“キャサリン・ハワード”で自在に音階を駆け巡る麗しのアルペジオ……キース・エマーソンとともに「プログレ超絶キーボーディスト」としてその名を世界中に轟かせてきたその技が、瞬きするのももったいないくらいに目の前で惜しげもなく繰り広げられていくし、高音鍵を右手薬指と小指でくすぐるように高速で奏でていくあのテクはそれだけを1時間2時間観ていても飽きないものだ。が、それらの技の宝庫からリアルに浮かび上がってきたのは「ピアノ大道芸のカタルシス」などではなく、むしろ「その技を総動員し、バンド編成のみならず時にはオーケストラや声楽隊など共演によって響かせ続ける不屈のロマン」そのものだった。そんな垂涎ものの名演奏が、「ヘンリーと僕はよく似てる。僕にも6人……(笑)」と自らの6人の子供をネタにしたりする朗らかなMCを交えながら、至ってリラックスした空気感の中で展開されていく。

キャット・スティーヴンスとのエピソードとともに、ピアノ・パートも歌メロも完全再現した“雨にぬれた朝(Morning Has Broken)”。オーケストラとの共演をライヴ・レコーディング→74年に全英1位を獲得した名盤『地底探検』の原型が生まれた瞬間の息吹がそのまま聴こえてきそうな、“地底探検(Journey To The Centre Of The Earth)”の名場面の数々。ABWHの“ザ・ミーティング(The Meeting)”を挟んで、タイトル通り彼の指が魔術か魔法のように鍵盤の上を鮮やかに弾み回った“魔術師マーリン(Merlin The Magician)”……リック自身は派手なパフォーマンスもなく、ピアノの前に腰掛けて淡々と楽曲を奏でていくだけなのだが、それが最高のエンタテインメントになってしまうほど、その演奏は極上のスリルと感激を与えてくれるものだった。

この日の演奏は、15分のインターバルを挟んでの二部構成。第二部では自らがレコーディングに参加したデヴィッド・ボウイ『ハンキー・ドリー』から“火星の生活(Life On Mars?)”、『地底探検』の続編として99年にリリースしたアルバム『地底探検~完結編』から“無数の光のダンス(The Dance Of A Thousand Lights)”、さらに『地底探検』『ヘンリー八世〜』と並ぶソロ代表作『アーサー王と円卓の騎士たち』(75年)から“アーサー王(Arthur)”の勇壮なメイン・テーマなどを10分あまりのピアノ組曲形式にダイジェストした“King Arthur Suite”……と立て続けに(1曲ごとにMCを挟みながら)披露していく名匠リック・ウェイクマン。「イエスの曲をやろうと思う……いや、歌わないけど(笑)」的な言葉とともに“同志(And You & I)”“不思議なお話を(Wonderous Stories)”をメドレーで演奏した後、もはや彼のレパートリー化したビートルズのカヴァー“ヘルプ!(Help!)”“エリナー・リグビー(Eleanor Rigby)”連射で本編終了。一瞬姿を消した後、アンコールを求める手拍子に応えてほどなく再登場したリック。カンペを見ながら「……マタネ!」と挨拶、名曲“ゴーン・バット・ノット・フォーゴトゥン(Gone But Not Forgotten)”(83年『コスト・オブ・リビング』収録)で、トータル約2時間のステージは大団円。そして、その余韻を噛み締めながら帰り道で開いた招聘元=ウドー音楽事務所のブックレットには、「11月イエス来日ツアー」の公演情報。リック・ウェイクマンと「古巣」イエスの、時空を越えて今なお空を翔るロマンの形に、目も眩むような感激を禁じ得ない、最高の一夜だった。(高橋智樹)


セットリスト
(第一部)
M1.Pachelbel's Canon In D
M2.Catherine Of Aragon / Catherine Howard
M3.Morning Has Broken (Cat Stevens)
M4.Journey To The Centre Of The Earth
M5.The Meeting (ABWH)
M6.Merlin The Magician

(第二部)
M7.The Jig
M8.Life On Mars? (David Bowie)
M9.The Dance Of A Thousand Lights
M10.King Arthur Suite
M11.And You & I / Wonderous Stories (Yes)
M12.Help! / Eleanor Rigby (The Beatles)

En1.Gone But Not Forgotten
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