イエスは今こそ聴くべきだ! スーパー・デラックス・エディションとともに『危機』を深掘りする徹底座談会

イエスは今こそ聴くべきだ! スーパー・デラックス・エディションとともに『危機』を深掘りする徹底座談会

時空を超えるプログレ伝説『危機』のスーパー・デラックス・エディションがリリース! 本作とともに、編集長の山崎洋一郎、ライターの増田勇一、編集部の平澤碧が『危機』について徹底討論した座談会をお届けします。(rockin’on 2025年5月号掲載) 



山崎 今回収録されている音源は、ぶっちゃけ、マニアックなファンにとっては目新しくはないものだと思っていて。未発表のライブ音源も入っているんですが、これも一部は『イエスソングス』映像版の音源。なので、今回のエディションは、マニアが追いかけて手にしてきた音源がまとめて聴ける。そして、それが今この時代に聴きやすい形で改めて提供されることに意味があるかなと。マニアックな興味深さというよりも、今の時代において、イエスをどう捉えることができるのかを考える、すごくいいアイテムになる気がするんですよね。だから、イエスにもう一度スポットを当てるのに良い機会なのかなっていう気がします。僕はイエスをそこまで熱心に追いかけてきたわけではないんで、実は、スティーヴン・ウィルソンのリミックスは今回初めて聴きました。ずっと追いかけてる方たちは『今更何を言っているんだ』となるかもしれないですけど、初めて聴いて、スティーヴン・ウィルソンは、すごいなと思いましたね。

増田 皆がこぞってこの人に頼む理由がわかったぞ、っていうのもありますよね。

山崎 単純に言っちゃうと、音の分離が良くてすごくクリアで、音のディテールの一つ一つが音像としてものすごく見えてくる。それによって、新鮮な形でイエスが聴けるので、リミックスに求めることをすごく的確にやってくれる人なんだという印象です。

増田 リミックスとかリマスターが流行り始めたのはCD普及以降ですよね。よくありがちだったのが、『聴こえなかったものが聴こえる』というのだったと思うんですけど。『危機』の場合、全部がよく聴こえちゃうとさらに訳がわからなると思うんです。そういうところでも、すごくメリハリが効いていて、聴こえるべきところと、聴こえなくていいところの処理をちゃんと線を引いてやっているんだろうな、というのを感じました。

山崎 増田さん的には、スティーヴン・ウィルソンはどういう評価ですか?

増田 それだけで聴いてみたくなるところはありますよ。それこそ、ガンズ・アンド・ローゼズまで関わったりしていますから。そういう意味では、音を扱う人間で最も信頼の置ける一人くらいの認識ではいます。ただ、逆に僕自身、彼の名前があると『おー、大先生ありがとうございます』という感じなので、それに惑わされすぎないように気をつけながらっていうところはあります。もう、スティーヴン・ウィルソンだけで、ハンコを押された感じがする。『これは絶対いいでしょ』と思って聴いてしまうところも最早出てきてしまっているので、そこは気をつけねば、とも思ってます。

山崎 プログレはリアルタイムでもなければ、後追いですらない、20代の編集部:平澤はどうだった?

平澤 一つの作品として向き合うというよりも、ディスクガイドを読んで、ロック史の中の『危機』みたいな聴きかたをこれまでしてきました

山崎 資料を参照するみたいな。

平澤 そうですね。それで今回のエディションを聴いて思ったのが、これは本当に演奏して作られたものなんだな、ということでした。もちろん、テープのエディットとか、オーバーダブも加わっていると思うんですけど、スティーヴン・ウィルソンのリミックスで聴くと、各楽器の粒立ちが本当に良くて、ちょっとしたドラムのフィルインとかも、パッと飛び込んでくる。皆で実際に演奏してこれを作り上げたことのすごさを感じながら聴きましたね。

山崎 きっとスティーヴン・ウィルソン本人も、そういうところに自覚的というか、一番やるべきことはそこだろっていう意識がちゃんとあるんでしょうね。自分独自の解釈とか新しい切り口を見せるのではなくて、『本当はこうなんだよ』みたいなところを見せている。

増田 これとは全然作り方が違いますけど、昨年にクイーンのファーストアルバムが、ボックスで出たんですよ。あのアルバムは、そもそも、予算もなく、時間も限られた中で録ったものだったんだけど、ボックスに、本当はこういうふうに聴かせたかったっていうミックスが入っていたんですよね。今回の『危機』はそれに近い感じもちょっとしたんですよね。クイーンの方は、スティーヴン・ウィルソンは関わっていないんですけど。スティーヴン・ウィルソンの視点の置き方も、本来はこう聴かせたかったんじゃないか?というところにあるのではないかと思いました。

山崎 歴史を学ぶ資料としてではなく、リアルな体験としてスティーヴン・ウィルソンのリミックスを聴いた平澤は、どういう印象だった?

平澤 『危機』には難解なイメージを持っていたんですけど。今回、スティーヴン・ウィルソンのリミックスを聴いて、正直なところ、『そうでもないのでは?』ということを思いました。ちゃんと起承転結もあるし、ここはスティーヴ・ハウのギター、ここはリック・ウェイクマンのプレイという感じで聴きどころも沢山ある。ジョン・アンダーソンの歌もすごくメロディアスで聴きやすくて。語弊があるとは思うんですけど、『そんなに難しいものでもないのでは?』というのが一番思ったことでした。

山崎 それは、スティーヴン・ウィルソンの功績がすごくあると思う。さっき、独自の解釈を加える意思があまりないところがスティーヴン・ウィルソンのいいところだって言ったけど、やっぱり、若干あるんだよ。ここは、ビル・ブルーフォードのスネアとキックが聴きどころなんだとか。オリジナル版では、リック・ウェイクマンの音がブワーッとなっているけど、実はその裏で弾いているスティーヴ・ハウのギターリフがめちゃくちゃ効果的なんだみたいなことを、若干、際立たせたり。彼の解釈というより、聴き手がしたい解釈みたいなものをちゃんと提示してくれている。

増田 スティーヴン・ウィルソン自身が、こういった音楽の愛好家として造詣のある人間だというところは大きいですよね。

山崎 1曲目の“危機”の前半を聴いた時に、若干、リック・ウェイクマンのキーボードの音がオリジナルより後に引いているなと思って。なんか『リック・ウェイクマンのこと、好きじゃないのかな?』とか下衆なことも思ったんだけど、ちゃんと後半の見せ場には、しっかりリック・ウェイクマンが主役になるようにバランスを取ったりしていて、いたれりつくせり感をちゃんと出しているなと思いました。

増田 逆に言うと、当時のプロデューサーだったエディ・オフォードは、大変だったと思いますよね。彼が、中間に立って全体をすごく見ていた。過去のインタビューにも、彼の貢献が非常に大きかったみたいな発言を見たことがあるんですけど、メンバー全員の意図を汲んでいたら大変なことになるじゃないですか

山崎 やっぱり、スティーヴン・ウィルソンっていう人は、イエスのメンバーより若い世代じゃないですか。ということは、リリース当時の70年代以降の音楽を耳でちゃんとわかっているわけじゃないですか。無意識的にそれを踏まえたバランスになっていると思うんですよ。

増田 プラス、現代のオーディオ環境ってことですね。

山崎 それを踏まえているだけで、平澤みたいな若いリスナーにもスポッと入る音になっている。


増田 『危機』が出たのは72年ですから、僕、まだ11歳の小学生なんで、リアルタイムでは聴いてないんですよね。当然ちょっと後追いになった。先に『危機』の後の時代のものを聴いてしまっていたので、『なんで1曲がこんなに長いんだ?』と怖気付くというより一個前の時代のものという感覚がしてしまって、ごく自然に『これは先輩方が聴いていればいいものでしょ、僕はクイーン聴きますよ』みたいな感じになっちゃったんですよね。それで中学生の耳には『難解そう』に聴こえるというか。実際、難解かどうかは置いておいて、面倒くさそうなものに聴こえた。たとえば、歌詞カードとか見ていなければ、自分がどこを聴いているのかわからないじゃないですか。『1曲の中で四つに分かれているのか』と思いながらも、そこでブチっと切れるわけでもないし。『これって、音楽の授業で聴かされるクラシックの第何楽章みたいなものなのかな』みたいに思ったりとか。

山崎 僕は、ほぼリアルタイムで聴いたんですけど。1曲がLPの片面全部じゃないですか。聴いてて、日が暮れるかと思った。1回聴いてすごく長いと思って、次に聴く時には、長旅に出るような気持ちでレコードに針を乗せる体験だった。イエスを聴くことは、イコール、長い旅に出る、耐えながら頑張って山を登るみたいな。

増田 修行ですか。

山崎 ところが、今回久しぶりに聴いたら、割とあっという間なんですよ。あれ? 年を取るってこういうことなのか?って(笑)。でもそうじゃなくて同じ長さなのにあっという間なんですよ。これってやっぱり音が新しくなったことによって、情報解釈のスムーズさが生まれたのかなと。長さは同じなんだけど、難解さが緩和されているというか。同じ山を登っているんだけど、昔は杖をついて登っていたのに比べて、スムーズにスタスタ登れる感じで、それは音の改善による部分があると思った。

増田 『危機』を最初に聴いた時の印象って、なんかすごいなって思いながらも、よくわからない。聴かせどころが出っ張っていないし、こっちも聴く力がないから、全部が同じレベルで聴こえてしまって。『はっきりしろよ!』みたいな感じもありました。

山崎 目を凝らして見なきゃいけないから疲れるみたいな。

増田 当然、そういう音像をほじくり返していきながら、聴こえるべきものが聴こえるようになった時の楽しさとか、そういう、考古学みたいな楽しみもあると思うんですけど、当時、長く感じたのは、そこじゃないかと思うんですね。じれったい感じがしたというか。展開が次々やってくるところはあっても、それが際立っていない感じの聴こえ方になるというか、そんなところがあったというふうに思います。

山崎 そこは、音が変わったことによって、変わりましたよね。

増田 音が変わったことと、あとは、その後、聴き手の方がどんな音楽を聴いてきたかにもよると思うんですよ。やっぱり、今の音楽は情報量が多いじゃないですか。そういった中で聴くと、逆にスッキリ聴こえるというか。

山崎 そういう新しい音とかも踏まえた耳で、スティーヴン・ウィルソンはやっていると思うんですよね。意図しなくてもモダナイズしているというか。

増田 おそらく、当事者メンバーたちは、あれこれ言わないと思うんですよ。リミックスするならこうして欲しいというよりは、むしろ、今時のミックスになるとどうなるのか聴いてみたいというくらいに、それこそスティーヴ・ハウとかは思っているんじゃないかな。

山崎 むしろこれをやって欲しいみたいなね。だから人気なんでしょうね、スティーヴン・ウィルソンは。

増田 だと思います。それに応えてくれるんでしょうね。


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