さて、ノンタイアップならではの90年代J-POP味まる出しの“ずっとラブソング“とか、吉沢亮が圧巻の演技だった“偉生人”のMVとか、『世界遺産』の壮大なオーケストラ楽曲“軌跡”とか、いろんな話題を振りまいてきた連続リリース後半戦ではあったが、究極だったのはやはりNHK『18祭』での共演曲“呼び声”だ。
「本気」という今年の『18祭』のテーマに対して、Vaundyはそれを歌詞で表現するのでもなく自らのパフォーマンスで表現するのでもなく、なんと参加する18歳世代に「本気」で歌わせるための楽曲を制作した。つまり、本気で挑んで、本気で努力して、本気で本人の実力を出さないと歌えない楽曲、しかも彼ら自身が「本気でそれをやりたいと思う」楽曲を作ったのだ。この発想がそもそもVaundyにしかできない。そして本当にそんな曲を作れるのもVaundyだけだ。
実際に、本番での1000人の18歳世代の歌う声や姿や表情は「本気」そのものだった。そして歌い終えた時、これまでのどの『18祭』でも見たことのない、自分が自分に対して驚きを感じているような、それがやがて喜びに変わっていくような、そんな表情を見せていた。
そんな“呼び声”に込めた思いをじっくりと語ってもらった。
インタビュー=山崎洋一郎 撮影=太田好治
──『Vaundy18祭』の“呼び声”。この曲はすごいところまで行ったなと思いました。どういう過程で生まれたんですか?成功体験の積み重ねが大人になること。それを公共の場で責任を持ってやる体験が大事だと思ったから、(“呼び声”は)俺がプロとしてミュージシャンに求めることを子どもたちに求めようと思ったんです
『18祭』(18歳世代の1000人と1回限りのパフォーマンスでステージを作り上げる番組)のために作った曲ではあるんですけど、子どもを子どもとして扱いたくないので、みんなが「こんなの無理だろ」って思うような曲を作りたいと思って。ほんとにいちばん難しい曲を作る時って、パッションだけを使うんですよね。“美電球”とか“replica”とか、マジで俺からそのまま出たみたいな曲がいちばん難しいです。今回は、パッション重視にしてもいいんじゃないかと思って、こういう曲にしました。
高校生だったらこういう歌詞が響くかとか、歌い回し、和声はこういうほうがいいとか、分解することはできたかもしれないですけど──若い子たちに合唱させるような企画では、新しい音楽をやったほうがいいと思うんですよね。だから今まで歌ったことない曲だけど、20年後もかっこいいよねって言えるような曲を作りました。
──『18祭』のこれまでの楽曲って、みんなが曲を聴いて一発で曲のエモーションを掴んで、自分のものにして、それをみんなで出し合うような曲だったと思うんだけど、“呼び声”は誰もがパッとものにできる曲じゃないよね。だから、この曲を歌う子たちも、一生懸命トライしながら歌うみたいなテンションになったんじゃないかなと思って。
それが狙いですね。人生って、難しいことに対して、「どうやってやるんだろう?」という工程がいちばん大事じゃないですか。すごく好きなことの中に障害があって、でもすげえ楽しくて、やり切ったら面白くて自分が誇れるものになる──『18祭』はそういう美しさを称える番組であって、歌って気持ちよくなるための番組ではないと思ったんですよね。
パーフェクトグレードのガンダムを作ってください、って言われて、かっこいいパッケージを見せられて、開けたらパーツ多すぎて、「うわ、これできるのかな」って思って。でも頑張って作ってみたら、ダセえけどかっこいいものができた、みたいな、そういう成功体験の積み重ねが大人になることじゃないですか。それを公共の場で責任を持ってやる体験がいちばん大事だと思ったから、俺がプロとしてミュージシャンに求めることを子どもたちに求めようと思ったんですよ。
──実際にその成功体験がみんなの中に起きたという手応えはあった?
正直あまりないですね。自分でも毎回そうなので──こんなに難しい曲を俺が歌えるわけないと思いながら作ってるから。今ってあまりにも障害が少なすぎて、なんとなく生きてこれちゃうんですよね。だからこそ、ハードルを自分で自分に課さなきゃいけないと思うし。好きなことを飛び越える感覚は、やってみないとわからないのに、やる機会が全然ない。だから好きなことを仕事にできないんですよ。今の子たちは指先で好きなことを探せちゃうから、障害がないように見えた仕事も、実際は全然違ったりする。今回の1000人には、そのハードルを1回越えさせたので、もう1回これと同じことができるものを見つければ、一生就いていける仕事になるんじゃないですかね。あとはみんな次第です。“呼び声”を歌った次の日から、物事の見方が変わったと思うので。
──歌詞のテーマとしては、青春時代独特の希望の感触が歌われていると思ったんだけど、そのあたりはどうでしょうか?ベッドに寝っ転がって、天井のしみをじーっと見てる時に、自分の未来が見える。自分が好きなことをやった先の姿が見えて、未来に呼ばれた気がする
“呼び声”がどういうシーンなのかは明白にあって──ベッドに寝っ転がって、目が悪い僕が天井のしみをじーっと見るわけですよ。そうやって、ぼーっと深淵を見つめてる時に自分の未来の像が見えるというか。自分が好きなことをやった先の姿とか、未来像が見えてきて、その時に未来に呼ばれた気がするという曲です。
僕が18歳くらいの時って、目の前のこともすごく大事だったんですけど──僕にとっての目の前のことは、何十年か先のことだったんですよね。僕がステージの上にいるとか、20~30年先のことを見てたと思うんです。目の前のことを見るっていうのは、実はその目の前に見えている妄想を見ることだと思ってて、それを見てるうちに体にぶつかってきた風みたいなものがやるべきことなんです。その風は勉強だったりするけど、勉強の先で弁護士になるのかもしれないし、総理大臣になるのかもしれない。目の前にフィルターみたいに未来の像があって、それを見てる時に聞こえてくるのが、君にとっての呼び声だよって。
──音楽を聴く時も、歌詞を聴いていたり歌を聴いていたりするけど、実はその呼び声を聴いているようなものだよね。音楽体験って本当はそういう自分の未来を感じられる、呼び声だらけの瞬間というか。
そうなんですよね。音楽って、自分の知らなかったものを見る擬似体験だったと思うんですよ。でも、ここ10年で、ループするものとして日常の空気のように扱うものになってる。僕も今は音楽が職業になったので、未知のものに見えなくなってはいて──たまに「うわ、これは未知だな」という時は未来を見ますけど。僕がこれをやったらどうなるんだろうとか、これってどうやってるんだろうって考えるのも未来を見る行為だから。
──みんなそれぞれに、そういう呼び声を聞いているタイミングはあるだろうね。
そうですね。ほんとにできる人たちって見えてるし、子どもには無限大の妄想力があるんですよ。「こんなのできないよ」って思ったことって、大体できるんですよね。自分が好きなことをやってる未来の姿を思い浮かべた時、その像がはっきりしていればいるほど、絶対に起きることだから。それはもう信じてやるしかないよね、みたいなことを考えながら曲を書いていました。
──そうやって誰もが思い当たるような実感を歌詞に書いてくれてるんだけど、音楽的にはさっき言ってたみたいにハードル感があって。精神的なアクロバットをして初めて、自分の体験として実感できるという。
この曲は、あの場にいた1000人しかわからない体験の曲なんですけど、みんながあとで聴いた時にはいつも通りの曲なので、かっこいいと思ったらかっこいいでいいし、ダサいと思ったらダサいでいいし、なんでもいいんです。あの子たちが体験した飛び越える感覚のために作った曲なので。