【インタビュー】アニメを通じて海外へ広がる日本の音楽──その当事者のひとりとしてBURNOUT SYNDROMESは今、何を思うのか?

【インタビュー】アニメを通じて海外へ広がる日本の音楽──その当事者のひとりとしてBURNOUT SYNDROMESは今、何を思うのか?
2025年がバンド結成20周年、2026年にメジャーデビュー10周年を迎えるBURNOUT SYNDROMES。彼らの軌跡は、急速に活動の規模が広がる日本の音楽シーン全体の動きと少なからずリンクしている。

2016年3月にリリースされたメジャーデビュー曲“FLY HIGH!!”が『ハイキュー!!』のオープニングテーマとなって以降、数々のアニメの曲を手掛けてきた彼らは、海外のリスナーからの支持も着々と集めるようになった。2022年、2023年にワールドツアーを開催。北米、中南米、ヨーロッパ、アジア、中東などでの大型イベントへの出演もたくさん経験している。

彼ら同様にアニメソングをきっかけとして海外での活動を加速しているアーティストは多い。日本語の曲がこんなにも海外で聴かれる状況は、過去にはなかった。大きな変化の当事者のひとりとして、BURNOUT SYNDROMESはどのようなことを感じてきたのだろうか? 広がっている可能性、見つめている未来についても語ってもらった。

インタビュー=田中大


アニメソングって流行るけど廃れないじゃないですか? それってすごいことだなと思います(石川)

──結成20周年を迎えましたが、中学時代から一緒に過ごしてきたということですね。

石川大裕(B・Cho) はい。人生の3分の2ですね。

廣瀬拓哉(Dr・Cho) 多いなあ。

熊谷和海(G・Vo) 60%以上? 嫌だなあ(笑)。

石川 20年も続けたら、逆に感慨もないですね。13歳から横にいましたから。

熊谷 クラスメートくらいの感覚なんですよ。いつも近くにいるけど、毎日喋るわけでもないっていう。

──でも、20年続くクラスってないですよ。

熊谷 怖いなあ! 『漂流教室』でしょ!

──結論が早くも出ましたね。

熊谷 BURNOUT SYNDROMESは『漂流教室』です!

廣瀬 そういうことか。

石川 生き延びるしかなかっただけ(笑)。

──(笑)。バンドシーンで活動し続けるのが過酷なサバイバルなのは確かです。

熊谷 年間300組、500組とかがデビューして、5年続くのがその内の1組から10組っていうような話も聞くから、10年っていうのは我々からすると「一生懸命やってきたなあ」くらいですけど、本当にありがたいことなんだろうなと思います。

──しかも細々と続けた10年ではなくて、着々と活動の規模を広げてきたじゃないですか。

廣瀬 我々の意識としては、ずっと細々とやってきた感じなんですけど。

熊谷 我々はあんまり教室から出てないから、実感がないんですよね。

廣瀬 教室から脱出できず(笑)。


──(笑)。活動のエリアが広がったというのは、この10年くらいの日本の音楽シーン全体に関しても言えることだと思います。海外公演をする人たちが増えましたから。

熊谷 確かに変わりましたよね。やっぱりコロナ禍だと思います。あそこで世界中のアニメ需要が急に増えた実感があって。楽曲の再生回数として目に見えてわかったんですよ。『ハイキュー!!』の曲は、まさにそうでした。その頃から日本全体がアニメに力を入れていったというのもあって、それに付随する形でいろんな場所へと羽ばたいて行けた実感はあります。でも、バンドとしてやっていることは、その前と変わらなかったです。同じことをずっとやっているのに、急に評価のされ方が変わったんです。そもそも『ハイキュー!!』の“FLY HIGH!!”なんて、2016年のメジャーデビュー曲でしたから。「Spotifyで1億回再生行きました」とか言われたけど、我々としては時差があったというか。

石川 アニメソングって流行るけど廃れないじゃないですか? それってすごいことだなというのも思います。いまだに“残酷な天使のテーゼ”とか、カラオケで歌われますし。“FLY HIGH!!”が4年後にああなったのも、アニソンのすごさですよね。

──コロナ前から、こうなっていく気配はあった気がします。FLOWがコロナよりもかなり前にブラジルとかでライブをした時、「俺ら、海外のほうが人気あるかもしれない」って言っていましたから。

熊谷 FLOWは、そういうことの先駆けでしたね。FLOWは早い段階からそういうのが見えていたのかもしれないです。我々はインドネシアでFLOWとご一緒したことがあったんですけど、あの時の“GO!!!”の盛り上がり方は、やばかったです。

──日本語のロックバンドの曲がこんなに海外で聴かれるようになった状況は、過去にはなかったはずです。

熊谷 アニソンは特殊な気もしていて。海外に於いては別のジャンル、「アニメロック」として聴かれていて、「ロック」として捉えられてはいない気がします。そもそも日本のロックって独特だったりもするから、これがJ-ROCKということなのかもしれないです。「J-ROCKとはアニメだったんだ」ということなのかもしれないですね。

──日本のロックバンド、アーティストが海外進出を目指す動きは70年代頃からありましたけど、なかなか成し得なかったことが急に実現されているのを感じます。

熊谷 海外に行くとX JAPANL'Arc-en-Cielとかもパイオニアだったんだと感じます。FLOWよりも先に可能性を探ってくれていたんだろうなと。我々と海外の企業さんを繋いでくれるエージェントさんが、そういうことを言うんですよ。X JAPANのマネージメント、GLAYのなんらかに携わったりとか、そういう人たちの現場を経験してきている人たちが多いので。あの世代のバンドとかがずっと種をまいて、ちょっとずつ耕してくれていたのが、今になって花開くようになったのかもしれないなと感じるようになりました。

【インタビュー】アニメを通じて海外へ広がる日本の音楽──その当事者のひとりとしてBURNOUT SYNDROMESは今、何を思うのか?

アニメが好きな方々に、アニメへの愛情と共に自分たちの楽曲を聴いてもらえる。愛が広がっていくような感覚が僕の中にあります(廣瀬)

──メジャーデビュー曲の“FLY HIGH!!”の時、アニソンを手掛けることに関してどのような想いがありました?

熊谷 「このアニソンのコンペで勝ったらデビューだぞ」という話だったんです。デビューしたかったので、アニソンだというのは、あんまり考えたことがなかったですね。我々はアニメ世代でもあるから、「アニソンって嬉しいな」というのもあったし。

──ミュージシャン側のアニソンの捉え方も、平成初期、昭和の頃とは大きく変化したと思います。昭和の頃から活躍しているアニソン界の先人のお話によると、「子どもが観るテレビまんがの歌」という捉え方で、格下に扱われる傾向が強かったそうですから。

熊谷 そういうお話、よく聞きますね。我々は、そういう感覚がなかったですけど。

石川 僕らはむしろアニソンで音楽を学びましたから。

廣瀬 アニソンは作品が好きな方々と一緒に作品を愛せるというか、すごく広がっていけるんですよね。我々のお客さんだけでなく、アニメが好きな方々に、アニメへの愛情と共に自分たちの楽曲を聴いてもらえる。愛が広がっていくような感覚が僕の中にあります。

石川 FLOWのTAKEさんが「『NARUTO -ナルト-』は作品としては終了してしまうけど、アニメソングとライブだけはずっと続く。アニメの熱量をライブとかでよみがえらせることができる。それが我々の使命」というようなことを言っていて。その感覚は、僕もなんとなくわかりますね。

熊谷 アニソンに関しては、90秒という統一規格も素晴らしいと思っています。2分使って1コーラスの曲ももちろんいいし、30秒で一気に掴むのもいいんですけど、90秒の縛りはボクシングの階級制みたいな感じなのかなと。縛りがあることによって、良し悪しがわかりやすい、比べやすいように思うんです。それはコンペのやりやすさにも繋がっているでしょうし。「90秒だったら、この構成のほうがいいよね」っていう明確な基準が生まれたことで発展したところもあるように感じています。

──みなさんにとって『ハイキュー!!』との出会いは、やはり大きかったですよね?

熊谷 はい。あの作品を通じて我々のことを知ってくれた人も多かったですし、道を切り拓いてくれました。

【インタビュー】アニメを通じて海外へ広がる日本の音楽──その当事者のひとりとしてBURNOUT SYNDROMESは今、何を思うのか?

──アニメの曲を手掛けることによって、バンドとしてやりたいことが変化してしまう感覚はありました?

熊谷 なかったです。ずっと自由にやらせてもらっていますので。入れなきゃいけないキーワードとかもあまりなくて、指定自体ももらったことはなくて、NGも出たことはなくて。好きなことをやっています。

石川 今はTikTokで広がることもありますけど、あれは15秒とかじゃないですか? それはメロディの勝負じゃなくてリズムだと思ってて。語りみたいなフックが大事やから。でも、熊谷くんの作る曲はメロディがいいから、それを出しつつ多くの人に聴いてもらえる形になっているのがアニソンというフォーマットなんでしょうね。

熊谷 このフォーマットに向いていたというか、それに合わせてデビューしていったから、得意分野になっていったのかもしれない。TikTokで競うのは違う階級でしょうし、やっぱりボクシングみたいな階級がバンドにもあるんだと思います。

──デビューしてから、ソングライティングに関する変化はあったと思います?

熊谷 あったと思います。アニメの曲じゃなくても自然と1コーラスが90秒になりました(笑)。そういう尺、間合いって染みつくんですよ。

廣瀬 アニソンは元気の良さを求めていただくことが多い気がしていて。確か“FLY HIGH!!”の1番のサビ前の駆け上がりフレーズはもともとなかったんですけど、アニメの制作会社の方が「ここは駆け上がってほしいんです」というようなことをおっしゃって。そういうご要望を聞いて、はっとさせられることも度々あります。

熊谷 サウンドの要望をいただくのは稀なんですけど、言われる時って、「なんかわからないですけど激しく」というような抽象的な形なんです。音楽の専門の人だったら「ここのフィルを」みたいな具体的な話になりますけど、音楽の専門家ではない人の感覚的な意見ってすごく大事だと思っています。専門用語を介さないフラットな意見をもらえる機会ってあんまりないですし、音楽畑以外のクリエイターの意見も反映できている気がします。クリエイターとしての素直な意見ですから、それってとてもクリエイティブなことだと思います。

廣瀬 “FLY HIGH!!”の頭にドーン!というキックドラムの音が入っていて、あれは僕の引き出しから出したものだったんですけど、プロデューサーのいしわたり淳治さんが「これは浮遊感がある。アニメに合ってるからいいね」って言ったことを思い出しました。そういうご意見もいただいてアニメソングってできていくんですよね。

【インタビュー】アニメを通じて海外へ広がる日本の音楽──その当事者のひとりとしてBURNOUT SYNDROMESは今、何を思うのか?
次のページ「日本の音楽でもこんなにいい歌詞があるんだよ」と伝えるのは、せっかく海外に行くんだから、我々に課されたミッションだと思います(熊谷)
公式SNSアカウントをフォローする

最新ブログ

フォローする
音楽WEBメディア rockin’on.com
邦楽誌 ROCKIN’ON JAPAN
洋楽誌 rockin’on