──ここまでの話からすると、アレンジの基準も「今だから」どうこうよりも「この人とやるから」という要素が大きいですか。いろんな曲を作ってきた中からよりキモいというか(笑)、ホラーみたいなものを選びました
そうですね。2曲目、3曲目はin the blue shirtがトラックを作ってくれてるんですけど、それも自分がああしたいこうしたいというよりは有村(崚)さんの作る曲が好きで、有村さん色にしてほしくてお任せしました。世の中の最近の曲も聴いてはいるけど、あまり作品に反映はされてなくて、少なくとも参考にはしてないと思います。どちらかといえばルーツみたいなほうですね。アレンジを手伝ってくれた幹宗さんに、リファレンスとして結構昔のJ-POPみたいなものばかり送ってました。
──アレンジや演奏の人選も面白いですよね。
幹宗さんと佐藤(征史/くるり)さんは“sweet sweat sweets”の時にもお願いしていて、あの世界観が大好きなので、今回もそれを引き継ぐのにふたりはマストだと思ってました。ジェニーハイでご一緒しているガッキーさん(新垣隆)とは以前からずっと「一緒にやりたい」という話をしていたので、1曲でも弾いてもらえたらいいなということでお願いして。ドラムはすごく迷ってたんですけど、幹宗さんから「くるりでご一緒してるあらき(ゆうこ)さんはどうかな?」って提案してもらって、すごい方だというのはわかったうえであらためて参加されてる曲を聴いたら、できるものなら一緒にやりたい!と。in the blue shirtにはtricotの『不出来』というアルバムで“上出来”のリミックスをしてもらったことがあるのと、とにかく一緒に何かを作りたくてもう一度お願いしました。
──そして歌詞に目を向けると全体的に恋愛が描かれていることが印象的なのと、わりと……怖いというか(笑)。
ははははは! よく言われます(笑)。
──ソロをやるぞとなった時に、そういう要素が出てきたのはなぜなんでしょう。
今回、FABTONE(音楽レーベル)さんとやれることになって、担当の宮西さんは理解のある方なのでいいものを作れば文句はないかなと思って、いろんな曲を作ってきた中からよりキモいというか(笑)、ホラーみたいなものを選びました。タイトルも『DEAD』やし、中途半端よりは行ききってるほうが作品としていいなということで。そもそもこの楽曲がナチュラルに生まれてること自体は、自分がホラー好きというか人怖好きだからですね。本人はすごく能天気なほうだからこそ、ファンタジーとしてそういうお話が大好きなんです。だからお話を書いてるような感覚に近いですね。自分は人も殺したことないし、不倫もしてないし、ストーカーもしたことないです(笑)。
──それはそうでしょうけど(笑)、妙なリアルさはあるんですよね。
嬉しい(笑)。なんか「ヤバい!」って思いたいのかもしれない。自分で歌詞とかを見ても「うわあ、怖い!」みたいに思いたいし、何かしらビックリさせたい気持ちもあるので、たぶん今回はこの怖さで驚かせたかったのかも。
──自身のハラワタ=内面の奥深くを開示してるようなアーティスト写真も打ち出したうえで、こういう曲が出てくるというのもゾッとする要素かと。
実際、歌詞の内容というよりは楽曲でやりたいことという意味ですけど「自分を出しました」というコンセプトではありました。アイデア自体は2016年頃に思いついたんですけど、当時すごくハマっていたMIU MIUとかを手掛けてるヴィヴィアン・サッセンという方の写真の不思議で意味深な世界観からの影響もあって。全体的に肌の色にして冷蔵庫を抱えて、中の肉は本物だったら面白そうやなってなんとなく思ってたんですよ。それをなぜか『DEAD』を作る時にパーンと思い出して。友達のアートチームに声を掛けて、冷蔵庫は自分で肌の色を見ながら塗りました。他の活動だとけっこう着飾る機会もある中でソロだと何かな?と思ったら、精神的に服を着ないってことを自分に言い聞かせる意味でも、何も着ずにいこうって。
──曲ごとについてもあらためて触れていくと、まず“DEAD”は途中でビートがガラッと変わるトリッキーさはありつつ、王道のロックを感じさせる曲ですね。
今作の中ではいちばん新しいかもしれない曲ですけど、途中で展開が変わるのとかはやっぱり好きですね(笑)。こういう気怠い感じのロックは好きやけど、tricotではどちらかというとソリッドになるのであんまり出せてなくて。ソロでしか出ない部分だと思います。
──ラスサビで下に転調するのもグッときました。
そうなんですよ! 嬉しい!! そこはお気に入りです。やっぱり地獄に堕ちてほしい感じというか(笑)。上じゃなく下に下にいくという。
──“甘口 -DEAD remix-”は、浮遊感と洒落た雰囲気があるサウンドに乗ったボーカルに生感があって、無邪気さとか可愛らしさ、同時に怖さを感じさせます。tricotに還元したいし、ジェニーハイや好芻に対しても、どんどん自分をアップグレードしてメンバーにかっこいいって思われるように頑張りたい
この曲だけリミックスなので当時の音源の声を使っていて、だから声が若いっていうのはありますね。今より成熟してない声が純粋そうに聴こえてちょうどいいなって思いました。これはポロンポロンって適当にコードを弾きながら弾き語りで作っていったので、元はシンプルなJ-POPみたいな感じでしたけど、有村さんリミックスでお洒落な感じになりました。
──“哀願”はビートが強くて、今作内ではアグレッシブよりの印象でした。
これも私のデモだと結構クオリティが低くて(笑)、「伝わるかな?」って思いながら有村さんに投げたんですけど、「それそれ!」っていう以上のものが返ってきて。バンドだとみんなで最後まで作るので、グラデーションでどんどんテンションが上がる感じなんですけど、ポンって投げたものが自分の思っていた以上に仕上がって返ってきて初めて聴くっていうのは、こういうやり方じゃないと体験できないし新鮮で。多幸感がすごかったです。
──“マンション”は新垣さんが参加されている曲ですね。そしていちばん怖いのがこの曲かと。
星5つって感じですね(笑)。自分でも昔すぎて、なんでこんな怖いこと言うんかな?ってわからないぐらい怖い。一度完成していたものをリアレンジしたので、この曲は難しかったんです。前半を全部ピアノにすることで、そのままやっちゃうと後ろでみんなが入ってくるところとの辻褄が合わなくなってきちゃったり。でも、最終的には幹宗さんがバランスをとってくれて最後までちゃんと聴けるものになりました。
──“MILK”もまた、“DEAD”と雰囲気は違うけど王道感があるロックバラードという印象でした。
この曲はずっと気に入ってて、いつかは音源にしたいと思ってたので、今回の一推し……だと思ってたんですけど、アレンジが全部終わってみたら“DEAD”もめっちゃいいなという。
──ストリングスやギターソロにはちょっと懐かしいニュアンスもあって。
そうですね。まさに私が幹宗さんに送ってたリファレンスもけっこう古かったりもしたので。高校生ぐらいで自分が聴いてた時のJ-POPに空気が近いかもしれない。
──という5曲が収録されるわけですが、さっき話題に出た動画ではソロに関して「やりきれたらそれでいい」という発言がありつつ、まだ他にも曲はあってレコーディングもしたいという話も出てました。イッキュウさんの中では何をもって「やりきれた」ってなるんでしょう?
確かに何をもって「やりきれた」って思うんやろうな……。でも、ソロで何かを成し遂げたら終わりとか、こんな曲ができたら終わりというよりは、根本的に自分のメインはtricotなので、ソロをやる余白がなくなったら勝手に終わってるような気もするし、でも、今あるやつは出しきりたいんですよ。ソロでしかできないこと、ひとりだからこそできることもあると気づいたし、楽しさ自体もめっちゃあります。
──ソロでしかできないことというと?
たとえば何かの作品に曲を書くとかはtricotでもやっているんですけど、tricotはやっぱり異質というか、楽曲の合う合わないがすごくあると思うので。バンドだと一緒にやっているメンバーの意見を尊重したいけど、自分ひとりでやるならもうちょっと柔軟に曲作りができるし「こういう曲を作ってほしい」というものに対して全力で向かえるというか。外へ向けて曲を作れるお話があったらチャレンジしてみたいとも思います。
──新たに曲を書いたりもしてるんですか。
今はなくて、過去の曲をああしようこうしようって頭で考えてるんですけど、ありがたいことに今年は時間がありそうな気がするので、すごい曲を作りたいなっていう気持ちもその先にはあります。
──出てきそうな感覚はあると。
すごくもう、クソ詰まり状態というか(笑)。
──(笑)。やりきるっていうのはむしろ遠のいたのかもしれないですね。
始めちゃったことで「まだやれそう」とか思ってる自分はいるかもしれないですね。それに今tricotが曲を作ってない期間にこれをやる/やらないで、その先のtricotの楽曲も全く変わってくると思うので。またたくさん曲を作ってtricotに還元したいと思いますし、もちろんジェニーハイや好芻に対しても、どんどん自分をアップグレードしてメンバーにかっこいいって思われるように頑張りたいなと思います。