打首獄門同好会の公式Twitterで6月8日に発表された「360度動画『VRライブハウス』計画」が、すさまじいスピードで動き始めている。VRゴーグルを着用しながら鑑賞することによって、あらゆるアングルを自由自在に堪能できる有料動画コンテンツの第1弾「スターターパック」は、6月19日に早くも配信がスタート(もちろんVRゴーグルがない状態でも視聴可能)。今後も新作が毎週金曜日に追加されていく予定なのだという。このプロジェクトについて、大澤敦史(会長/G・Vo)に語ってもらった。柔軟極まりない発想に唸らされると同時に、このバンドの核にある美しい遊び心にも触れられるインタビューとなった。
インタビュー=田中大
「体感」ということに持って行くのならば、「360度のVR」というものが、一番ふさわしいんじゃないかなと
――「VRライブハウス」は、どんな経緯で生まれた企画なんですか?「無観客の配信ライブを1回やった身として言うのもなんですけど、あれは何回もできるものでもないと思ったんです。DVDやBlu-rayで多く用いられてきた手法のものを、お客さんがいる体でやると、悪い言い方にはなってはしまいますが、DVDやBlu-rayの劣化版になってしまうのは、否めないというのも感じましたし。でも、だからといって何もやらないまま終わるわけにはいかないと考えた時に、前のツアーでずっと使ってた360度カメラのことを思い出したんです」
――あれが、ここに繋がったんですね。
「そうなんです。『このカメラを使えばVRができる』というのが、知識としてありましたし、いろいろ調べてる内に、データ容量の問題とか、『長時間ゴーグルをしてると疲れる』とか『ワンマンライブの規模ではできない』ということがわかってきて、『それって逆に言えば、4、5曲単位とかで何回もやることができるってことだな』って、ひらめいたんですよ。そして、今、お客さんが求めてる生ライブの代わりになるものとは、DVDとかBlu-rayのような映像ではないってことも思ったんです。DVDとかBlu-rayは、『ステージとフロア』の映像作品なのであって、それを『体感』ということに持って行くのならば、『360度のVR』というものが、一番ふさわしいんじゃないかなと」
――このプロジェクトがTwitterで発表されたのが6月8日でしたけど、実現に至るまでのスピードが早かったですね。
「実際に動き始めることができたのは、5月末の緊急事態宣言解除後だったんですけど、構想自体は、その前からあったんです。それに、インディーズバンドの利点って、フットワークの軽さですからね。組織が大きくなると意識の共有とか、役割分担だけでも時間がかかりますけど、少人数だと早いんです。案を通すために承認を得なければならない人数も、極端に少ないですから。大きな事をしようとすれば、大きな組織には敵わないので、我々はフットワークとスピード感という利点を活かさないといけないんですよ」
――撮影で使用するカメラに関しては、11Kまで対応できる200万円くらいするカメラを借りるかもという話が出ていましたよね?
「あれは、結局使わなかったんです。6万円くらい出して借りてみたんですが、俺が持ってる7万円くらいのGoPro MAXというやつと同じくらいの金額(笑)。借りたカメラは、初回の撮影時に持って行って、いろいろテストしたんですけど、カメラから1.5メートルくらい離れなきゃいけなかったり、レンズの境目の問題もあったんですよ。レンズの境目って、どうしてもデリケートで、そこに被写体が入るとグニャってなってしまうんです。レンズが8つなので、とても難しくて」
――神経を使いそうですね。
「そうなんです。だから、スタッフを集めて話して、『GoPro MAXの方が良くない?』と(笑)。結局、撮影は私物のGoPro MAXでやりました。サーファーとか、バイクに乗る人とかが、自分の真近くにつけて撮るのを想定してるカメラだと思うので、ライブハウスの環境で撮るのにも適してたんですよね。借りたカメラは、やはり景色とかを遠くまで綺麗に撮るのとかに適したカメラなんだと思います」
360度カメラのいいところは、「このレンズの向こう側に観てる人がいる」っていう確証なんです
――打首獄門同好会は、新しい機材を採り入れるのが上手いですよね。VJのLEDディスプレイ、“島国DNA”のMVでのドローン空撮、武道館ライブの撮影用の4K/HDR画質のカメラとか、今までもいろいろやってきましたから。「新しもの好きなんですねえ(笑)。そういうものを、どんどん使ってます。お金をかけなきゃできないことって、メジャーの方がすごいですけど、こういうことだったら、自信がありますね」
――今回のVRも、いろんな人に新しい刺激を与えていると思います。
「お客さん側から『他のあのバンドでもこのやり方をやって欲しい』っていう声とかが上がったらいいですね。ライブハウスに普通に行けてる状況だったら、VRゴーグルを買おうって、なかなかならなかった人もいるでしょうし」
――僕も、「エッチな目的じゃないんだからね」って顔をしながらお店で買いました。
「今までの購入目的のかなりパーセンテージが、それだったでしょうからね(笑)。ようやくそういう目的や、景色の映像とかを観るためでもなく、ライブの疑似体験のために買う人が現れるんだと思います」
――VRライブハウスは、今までのコンテンツにはなかった楽しさも開拓できていると思います。
「そうですね。打首獄門同好会は根本的にライブバンドなので、絶対に生のライブには敵わないっていう意識があるんです。だから、VRならではのことをするっていうのも考えました。例えば、第1弾では、一瞬で新生姜ヘッドを被って変身するのとかをやってますし(笑)。これからはCGとかも採り入れていくでしょうね」
――「お客さんがいるからできてたことを無観客でカメラに向かってやるっていうのは無理」っていう話を最近、複数のミュージシャンが言っていたんですけど、カメラをメンバーが囲むVRライブハウスは、演者側のその問題も少なからずクリアできそうですね。
「そうだと思います。誰もいないフロアにみんながいる体でやるっていうのは演技になっちゃいますけど、360度カメラのいいところは、『このレンズの向こう側に観てる人がいる』っていう確証なんです。これは健全だと思います」
――打首獄門同好会って、やっぱり発想力が素晴らしいですね。
「今回もほとんどイタズラから始まった感じですけどね。こういうのって、多分、メジャーでのプレゼンだったら、なかなか通らないだろうし、インディーズの強みだと思います」
――インディーズバンドとしての誇りみたいなものはあります?
「そうですね。このバンドのいろんなことを振り返ると、『他に選択肢はないよね?』っていうくらい、インディーズである必然性があった気がしますから」
――メジャーレーベルから声をかけられたことって、おそらくありましたよね?
「ぶっちゃけ、過去にありました。ただ、誰も乗り気じゃなかったです。『誰か一人くらいメジャーデビューを目指してた者はいないのか?』って思いますけど(笑)。でも、『このバンドはインディーズじゃないか?』っていう冷静な意見で一致しました」