
2012年から活動を始め、ニコニコ動画への作品投稿などによって既に圧倒的な人気を確立しているボカロP=n-buna(ナブナ)。彼による初の全国流通アルバムが『花と水飴、最終電車』だ。“ウミユリ海底譚”“透明エレジー”“夜明けと蛍”といった代表曲の他、新曲も多数収録した本作のテーマは「夏の終わりの1日」。あの時期に漂う何とも言えないやるせなさを、緻密に構築されたギターアンサンブル、ロックフィーリングに溢れたサウンドで描いた1枚となっている。n-bunaは何を想い、制作に向かったのか? 彼の心の奥底にある原風景、ボーカロイドの歌ならではの魅力など、幅広い話題にも触れて語ってくれた。
インタヴュー=田中大
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僕は昔から切ないものが好きなんです。それが僕の作る曲に一貫してあるものなのかもしれないですね

――ニコニコ動画に投稿済みで、インディーで出したCDにも収録したことがある曲+新曲によるアルバムですが、こういう構成になった理由は何だったんですか?
「僕が前に出したのは同人としての、個人活動でのアルバムだったんです。今回は初めて全国に流通するアルバムなので、『これだけは聴いて欲しい』っていう人気のある曲も、たくさんの人に届けたかったんです」
――「夏の終わりの1日」っていう一貫したテーマがある作品でもありますね。
「僕は昔から全体にひとつの流れがあるアルバムが好きなんですけど、同人で出したアルバムは自分の思うキラーチューンを詰め込んだもので、ひとつの流れみたいなものは特になかったんですよね。だから今回は、収録している全部の曲が絡み合ってひとつになっているものにしたいと思っていました。『夏』っていうものが出てきたのは、僕が夏が好きだからっていうのが大きいんですけど(笑)。そして、アルバム全体でひとつの流れみたいなものを作るためには、時間経過も描きつつ曲を並べて構成するのが良いなと考えました。だから、朝の曲から始まり、昼、夕方、夜、夜明けという感じで、曲単位で時間が過ぎて行く……というようなものになったんです」
――夏の描き方はハジケたサマーチューンみたいな方向性もあり得るわけですけど、n-bunaさんの曲は、全体的にやるせなくて切ない部分が表現されているのが印象的です。
「それは僕が根が暗い人間だからだと思います(笑)。あと、暗い曲が純粋に好きだというのもあります。僕、普段も俯きながら道を歩くようなタイプですからね」
――曲に登場する人物たちも、そういう雰囲気ですね(笑)。
「作品はやはり、自分が投影されますから(笑)。部屋にこもってひたすら曲を作っている部分が出ているんだと思います」
――子供の頃からインドア派?
「いや。実家が岐阜の山奥なので、遊ぶ場所が森しかなくて。みんなで秘密基地を作ったり、森の中で友達とターザンごっこをしていました(笑)」
――(笑)“拝啓、夏に溺れる”はかなり前にニコ動に投稿した曲ですけど、夏というテーマは結構昔から出て来ていたということですね。
「そういうことになりますね。“拝啓、夏に溺れる”は、2年くらい前に作った曲なんですけど、実はその頃からアルバムのことは考えていたんですよ。『夏のアルバムを作った時に収録しても違和感のないもの』ということを考えて作ったのが、この曲です」
――夏に惹かれる理由って、どう自己分析しています?
「何でしょうね? 好きで読んでいた小説が、夏の物語が多かったというのもあると思います。僕、道尾秀介さんとか、貴志祐介さんとかの小説に影響されているんですよ。あと、夏って日本の風流みたいなものをイメージさせるじゃないですか。風鈴、縁側、蝉の鳴き声とか。そういうものを全部ひっくるめて惹かれているんだと思います。日本の風流みたいなものだと、わらび餅も好きです(笑)」
――(笑)和的なものは、曲の中にモチーフとしてよく出てきますね。
「それも理由は岐阜だと思います。僕の地元、現代的な風景がないんですよ。昭和感溢れる昔ながらの夏の風景は、僕にとって身近なものだったんです。あと、僕は昔から切ないものが好きなんですけど、切ないものを想像した時にパッと思い浮かぶのが『別れ』。『夏』と『別れ』っていうのは相性がいいということも思っていて。そういうのが僕の作る曲に一貫してあるものなのかもしれないですね」
――曲を作る時に、どういうイメージを出発点にすることが多いですか?
「まず風景を思い浮かべることが多いです。例えば“無人駅”はそういう駅が思い浮かんだんですよね。岐阜の田舎の駅が風景としてすごく好きだったので、浮かんだと思いますけど。そこは人がいない、森のすぐそばにある無人駅なんですよ」
――先ほどから岐阜のお話が何度か出てきますね。地元の風景って、n-bunaさんの作品の重要な源?
「そうみたいですね。自己投影する結果、自然とそうなるんでしょうけど。幼い頃から見てきた風景を今回一気にアウトプットしました。インストの“夜祭前に”もそういう風景です。山に挟まれて川が流れている場所が地元にあるんですけど、お祭りの時は川の両端の細い道に屋台が並んで、そこから花火が見えるんですよね。そういう風景を思い浮かべながら作りました」
いろんなジャンルの音楽を手当たり次第に貪る人間だったので、いろんなものが自分の中で混ざっていると思います
――そもそもニコニコ動画に曲を投稿するようになった経緯って?
「元々、曲作りに興味があったのでDTMを始めたんですけど、そのあとにネットでボーカロイドを使っている曲を聴いたんです。それまでは曲を作って自分の声も録音して、自分で聴いて終わりだったんですけど、ボーカロイドを使って発表出来る場があるというのを知ったのは、僕にとって大きかったです。だから『自分もやってみるかな』と」
――n-bunaさんの曲って、ギターアンサンブルがすごく練られていて、ロックバンド的な面が強いのも特徴だと思います。バンドはやっていたんですか?
「友達と少しやっていたことはあったんですけど、DTMがどんどん楽しくなって、ひたすら家で曲を作るようになってしまいました。そのまま今日まで来てしまった感じですね。邦ロックとか洋楽のバンドとかが好きです。昔からロックサウンド系の音楽をたくさん聴いていたので、そういうのに影響されたところは絶対にあると思います。あと、いろんなジャンルの音楽を手当たり次第に貪る人間だったので、いろんなものが自分の中で混ざっていると思います。メタルやフュージョンとかも聴きますし。ラリー・カールトンが好きなんですよ。ブルース系だとジョニー・ウィンターも聴きます」
――渋いですね。
「ジョニー・ウィンターにハマってスライドバーを買いに走って。それを使ってBUMP OF CHICKENを弾いた思い出があります(笑)。あと、エレクトロニカも好きなんですよね。アイスランドのムームが好きです。EDMも好きですし。いろんなものが混ざって自分の音楽に集約されてきたというのを、今までに作ってきた曲を聴くと感じます。シンセやストリングスとかで埋めるのが一般的な部分を、ハイフレットで弾いたギターで出した音で埋めたりしていますからね。浮遊感のある音が好きなんですよ」
――シューゲイザーも好きじゃないですか?
「大好きです。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとか、すごく聴いています。リマスター盤が出た時、急いで買いに走りましたから(笑)」