もし私が記憶喪失になったら、新しい自分始めれるじゃん、みたいに思ったんですよね
――なるほどね。だからこのミニアルバムでやってることって、もう前とは全然違うし、肯定しようってもがく戦いというよりは、ほんとに肯定そのものを歌うんだっていうかさ。
「そうですね」
――これえらい変化だと思うけどね。
「ついてこれない人もいるのかなっていう不安もありましたけど」
――作ってみてその不安っていうのはどうなんだろう?
「いや、もう不安はないですね。たとえば、離れていくファンがいたとしても、今離れたとしてもいつか救うからね、みたいな」
――これは、ほんとにブレイクスルーだと思うし。なんでそうなったの?っていう。
「なんででしょうね……まあだんだん、体が健康的になってきて(笑)」
――ははは。でもそれはすっごい大事なことだと思うけど。
「青ざめた表情で、体力もないし、なんかほんとにキノコみたいに、カビみたいに生えてたんですけど(笑)……これじゃちょっとワンマンもできないだろうとなってジムに通い出します。で、ちょっとずつ体力もついてきて。あと、ボイトレとかもやっと受け入れられるようになってきて、そこでなんかすごい言葉にパワーのある人たちに出会えて……あと、最近読んでる本もあって、すごいそれがね、全部自分の中に浸透してくようなイメージで入ってくるようになったんですよね」
――やっぱり、いい音楽ってフィジカルだから。その人という人間固有の人が生きていく中で出てくる必然としてでしかいい音楽っていうのは生まれ得ないんだよね。
「私もそう信じてますね」
――そういう意味で、健康になったから健全な歌が出てくる、ってのは、ものすごく理にかなっているというか。
「でも根本の、ちょっとなんか目の下にクマがあるような部分は(笑)変わってないと思うから。別人にはなれないじゃないですか。コンプレックスやトラウマはすごいあったし、それに引きずられてた。でもそういうものはもう、はなからない……あるんだけど、それは自分が作り出した幻想であって。過去に左右されてる未来の自分みたいなのを想像したらもうバカバカしいなって思って」
――なるほどね、そこがすごいね。
「そうですか?」
――だって今まではさ、過去のトラウマや過去の記憶に翻弄されてるのが『わたしが好きなわたし』だったわけじゃん。
「溺れてたんですよ、たぶん。こんなふうに言ったらあれですけどね、そのときの音楽が好きだった人を否定することだから」
――いやいや、だから、それもディープなコミュニケーションを求めた発露だったんだよね、そういう意味では根本は変わってないんだよ、「何が深くつながるってことなんだろう?」って。
「そうなんですよね、だからほんとに、一対一の音楽を今、なんか、できてるっていう実感が湧いてきたんですよね」
――自分ではどこが一番変わったと思うの?
「お気に入りの歌詞があるんですけど……《一度きりの スタートラインなら/白い線をまた 描き足せばいい》(“わたしが愛すべきわたしへ”)っていう。お母さんのおなかから生まれて、はい、スタート……だけど何度も何度も、そのスタートラインって自分が引いちゃっていいんじゃない?って思ったことが、自分で、よく出てきたこの言葉!っていう」
――なんでそう思えたんだろうね。
「たぶんそもそも、どこかにあったとは思うんですけど。ある本で、すべての悩みは対人関係だって書いてあったんですよ。すべて?って。私は夢とか将来とか自分の思想とか、そういうもので悩んでるんだよ!と。でも突き詰めてくと、全部人から自分がどう見られてるかに関わるんですよね。あ、こんなシンプルなものだったんだなっていうのに気づいて。もし私が記憶喪失になったら、なんか新しい自分始めれるじゃん、みたいに思ったんですよね」
――ようするに、気分なんですよ。気分っていうのは単なる文字通りの気分じゃなくて、今、体調とか、天気がいいな、気持ちいいなとか思っている自分も含めて、一番素直に出てくるものっていう意味なんだけども。で、それに基づいて作った曲が、暗いのか明るいのか、ポジティブなのかネガティブなのか……それがフィジカルな曲であるかどうか?ということなんだけどね。
「今まではたぶん私、常になんか思想を抱えてなきゃいけないって思ってたんでしょうね。その思想がなんだか、よくわかんなかったりするけど、それで完結させるっていう癖があったんだと思うんです」
――だから……はじめに“わたしが愛すべきわたしへ”を聴いたときに言ったのは、そういうことなんですよ。メロディが求めるかたちに……作った人の気分が求めるかたちに言葉も変えていかないとっていうことなんですよ。
「そうですよね、もっとこう……シンプルなんですよね。私はそこから、じゃあこの曲に、どういう意味を持たせようかなって、考え過ぎちゃうっていうか。そしたら曲のこといつの間にか無視しちゃってるっていう、そういうところに陥ってたと思うから。で、つながりたいっていう欲求……それをたぶん、認められてなかった自分がいたんですよね。なんかいろんなことすっぽかして誰かを救いたいって言っちゃってたとこあるなと思って」
――なるほどね、だから、この歌詞を書いた時間でさ、ものすごい自分を見つめたんだよね。
「そうですね。ほんとに、まわりがビックリしてましたね。あ、こんな楽しそうに歌うの?とかって。私が歌ってる姿が、もう手ぶりとかも付けてて」
――そんなことなかったんだ、今まで。
「なかった。だから、これは誰かに届けたいっていう曲なんだなっていうことを、メンバーも受け取ってくれたんでしょうね」