2年前にリリースしたデビュー作『アン・オーサム・ウェイヴ』が、マーキュリー・プライズやアイヴァー・ノヴェロ・アワーズなど、名誉ある賞を獲得しただけではなく、本国イギリスではプラチナ・ディスクに輝き、アメリカでもUKの新人としては異例のセールスを記録したアルト・ジェイ。ダブステップのリズムやアブストラクトな電子音を取り入れるなど、サウンドメイキングへのアプローチは実に現代的と言えるだろうが、美しいヴォーカルの交錯が生み出す幻想的なハーモニーとビーチ・ボーイズ譲りの流れるような旋律、そして極めて文学的なその歌詞、つまり実に普遍的なこれらの要素こそ彼らの最大の魅力だろう。そんなアルト・ジェイの2枚目『ディス・イズ・オール・ユアーズ』がリリースされた。一昨年のフジロック、昨年のサマーソニックの出演といった来日公演を含めて、前作が出てから世界中をツアーした成果なのか、前作の知性とクールネスを損なうことなく、余裕すら感じさせる彼らの成長は実に面白い。特にオーソドックスともいえるロックやR&Bを堂々と取り入れて、まさしくアルト・ジェイな音楽としてプレゼンテーションしているところはお見事。海外におけるこの作品の評判も前作に続いて軒並みいいのは納得だし、なんと今作は本国UKで初登場1位を獲得しただけではなく、アメリカでも初登場4位をゲット。他にも10ヶ国以上でトップ10入りを果たすという大快挙を成し遂げたのだ。間違いなく今年、聴き逃してはいけない1枚である。
今回、そんな作品のバンド自身による曲解説をお届けする。ラジオ出演した際の抜粋だ。リーズ大学で出会ったメンバーだが、そのインテリジェンスの裏から滲み出てくる彼ら独特の“遊び心”を読み取って欲しい。
──前作も“イントロ”という曲で始まりましたが、この曲も同様にいわゆるアルバムのオープナー的なインストとかではなく、れっきとした楽曲ですよね。
ガス・アンガー・ハミルトン(Key/Vo)「そう、このアルバムには前作をちょっと意識したポイントがいくつかあって、これはそのうちのひとつなんだ。ぼくたちはアルバムにイントロダクションを付けるのは好きで、それはなぜならアルバムがただ単に曲をCDに収めているのではなく、ちゃんとひとつの作品であることを示せるからで。この曲を選んだのは、曲であるようでないようなところがあったからなんだ。実はこれ、昨年手掛けた『Leave To Remain』という映画のサウンドトラックのために書き上げた音楽に基づいていて、すごくクールで気に入ってたんだけど、どうしたらいいのかわからなくてさ。ちゃんとコーラスがあって、ヴァースがあってというような曲じゃなかったんで、だったらアルバムの冒頭に置いてイントロにしようということになったんだ。すごく気を引くような曲だと思うし、ヴォーカルのハーモニーやヘヴィなベースライン、クールなドラムとか、すごくアルト・ジェイらしさが出ている曲なんで、『はい、これがぼくらの2枚目です』と宣言するのに最適に思えたんだよ」
──ヴォーカルの絡みが印象的ですが、これはどのように作り上げたのですか?
ジョー・ニューマン(G/Vo)「まあ、メインのところは普通に歌っているんだけど、実はこれは自分が思いついたギターのリフから始まったんだ。それを歌ってみるのはどうかなと思って、ガスに歌ってもらい、ぼくも歌ってみて。ほとんどはガスで、ぼくが高いキーを歌っている」
ガス「でも、ライヴでも演れるよ。ちゃんと演奏できるように練習したからねレコーディングする際に。もちろんチャーリー(・アンドリュー/プロデューサー)がちょっと整えているところもあるけど。ただアルバムの歌は、確かに2つ以上のヴォーカル・ラインが絡み合っているところもあるんで、そういう処理はしているとはいえ、基本、レコーディングではリアルな歌を録ってた感じだよ」
──この作品は世界中のあらゆる音楽をレファレンスしているように思ったのですが、そういうことを意識して作ったのでしょうか?
ジョー「そうなんだよね、ぼくたちはあらゆるジャンルの音楽から様々な要素を“吸収”するのが得意なんだと思う。『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』に出てくる悪役、ケヴィン・ベーコンが確か演じてたと思うんだけど、彼の能力って他の者の能力を吸収できるっていう感じだったよね。ぼくたちもまさにあんな感じで他のジャンルから吸収できる能力があるんだと思う。彼はとてもパワフルで、触った者のエネルギーを吸い上げて、相手を破壊するんだけど、ぼくたちも近い感じで、触れた音楽の要素を必ず吸収してしまうんだ。ただ、それは意識してやってるんではなく、たとえばトムがドラムを叩いたり、ガスがピアノを弾いたりすると、それに自分はこれまで吸収したことで対応したり、他のメンバーも自分のやってることにそのように対応したりして、そうやってそれぞれがこれまで触れてきたジャンルからスタートしたりするから、ヴァリエーションがある感じに自然になるんだと思う」
──歌詞も印象的で、すごく攻撃的に思えるんですが、サウンドはもちろんアグレッシヴなものじゃないですよね。そういう対比を好んでいるように思えますが、“イントロ”の歌詞について教えていただけないでしょうか?
ジョー「実はウータン・クランの歌詞をレファレンスしているんだ。最初はまさにそのまま真似してたんだけど、なんていうか……」
ガス「うん、非常に生々しいリリックで(笑)」
ジョー「かなりいかがわしかったよね(笑)」
ガス「それをそのまま使ってウータンに盗作したって疑われるのは嫌だったんで、まるごと変えることにしたんだ」
ジョー「だからウータンのラップの要素は残っているんだけど、歌詞はまるで違っていて、今、歌詞を思い出そうとしてるんだけど……」
──MCエッシャーのこととか歌ってますよね。
ジョー「そうそう。“エッシャーが混乱した絵を描いてトラブルを巻き起こすなら、おれも銃を挙げなきゃな”みたいなのね。それはあまり意味のあるリリックじゃないな。そのまんまっていうか」
──まさにウータンの影響が出ているわけですが、多くの人はまさかアルト・ジェイがウータン・クランのようにスタジオでライムしているとは思ってないかと思います。実際にスタジオでラップ・バトルとかかましているんですか?
トム・グリーン(Dr)「いや、ないな(笑)。ただ、ぼくたちは全員彼らのファンだよ。それこそがこのバンドの面白いところで、みんなが想像しているようなものとはまるで違うものを気に入ってたりして、だからこそこういうサウンドになるんだと思う」
ガス「そう、“イントロ”ひとつをとっても、フィリップ・グラスや20世紀のクラシカルの影響と同時に、ウータンも参考にしているわけで、これこそ自分たちがいかに“イカれている”かを象徴しているんじゃないか(笑)」
──“アライヴァル・イン・ナラ”ですが、この作品は“奈良”という言葉が頻繁に使われていますが、このコンセプトは?
ガス「うん、奈良は日本にある街なんだけど、鹿が自由に街を徘徊しているらしいんだ。実は行ったことないから知らないんだけど、ジョーがRedditで読んで、すごく素敵なアイディアだと思ったんだよね。実は鹿が困った存在の可能性もあるとは思うけど、街中を鹿が歩き回ってるイメージは最高じゃん。それが続く“ナラ”という曲のインスピレーションなんだけど、ジョーがあの曲を書いているとき、あまりにもコード進行のアイディアが膨らんじゃって、ひとつの曲に収まり切れないということで、“ナラ”の序曲みたいなものとして“アライヴァル・イン・ナラ”を作って、それで“リーヴィング・ナラ”という曲をリプリーズとして作ったんだ(省略)。奈良はもちろん実際の場所なわけで、そういう意味では、音楽の旅というか、そうやって音楽によって別の場所に行けるというのを表現しているところがあるんだ」
──(省略)“アライヴァル・イン・ナラ”は序盤にかなり長いインストがあって、それからヴォーカルが入るわけですが、この曲自体は“溺れる”ことについて歌ってるんですが?
ジョー「もとはあれはまったく違う曲だったんだ。ただ、“アライヴァル・イン・ナラ”の後半のコード進行、それこそすべての始まりで、あれって“ナラ”、いや、“リーヴィング・ナラ”と同じはずで」
ガス「“リーヴィング・ナラ”だね」
ジョー「そう、だから物語は“ナラ”と繋がっているわけではないんだ。“アライヴァル・イン・ナラ”の後半に出てくる物語は、基本的にある女性の話で……。彼女のいる空想の世界では、たとえば人生の辛い時期に直面していて、ストレスやら心配事が重荷になっている場合、その重荷をすべてクジラの尻尾に結び付けると、そのクジラが海に深く潜れば潜るほど、すべての悩み事が解消されるんだ。そういう物語を描こうと思ったんだけど、特にそれが結実しなくて。ただ、ある女性がクジラの尻尾に自分の悩み事を結びつけるんだけど、なぜか自分もそれにこんがらがってしまい、クジラとともに海に沈んでいくというイメージを残したかったんだ」
──それって実際のフォークロアに基づいているんですか? それともあなたのアイディア?
ジョー「うん、いや、ぼくだね。クジラにすごい魅力を感じていて……」
ガス「だってデカイもんな(笑)」
ジョー「いや、マジでデカイ! だから、なんか別世界の生き物みたいな感じがして」
ガス「それでも哺乳類だからな」
ジョー「そう、実際は哺乳類で。だからぼくはクジラに魅力を感じてるんだと思う。別にサカナとかではなく、うちらに近い種なわけで。前も“ブラッドフラッド”でクジラについて歌ったことがあって、だからクジラに対して芸術的なリスペクトがあるってことにも気付いて、それこそがクジラへの関心の始まりで、今でもクジラについて歌っているのはつまりそういうこと。デカくて素敵な存在なんだ」
──まさにこのアルバムの根幹にある曲とも言えますが、“ナラ”に関する3曲を書き上げているとき、これらの繋がりは意識していたのですか?
ジョー「もともとは3曲を隙間なく繋げるつもりだったんだ。AからB、BからCみたいな感じで。しかも、アルバムの最後に収めようと思っていた。ただ、こうやって3曲を分けてみると、アルバム全体をひとつの旅として楽しんでもらえるんじゃないか、と思えてきたんだ。つまり全曲を最後まで聴いて、ようやく3部作の終焉、つまり“リーヴィング・ナラ”に辿り着くという。“イントロ”についてガスも言ってたみたいに、ぼくたちはひとつの作品としてのアルバムが好きで、やはり最初から最後まで通して聴いて楽しむものであって欲しいと思っているんで、“イントロ”をアルバム全体の1部として解釈しているのと同じように、“ナラ3部作”を分割することにしたんだよ」
──この曲はウェディング・ベルズとも捉えられる鐘の響きから始まり、人生の愛について歌われていますよね? ただ、愛を結べない状況においやられていて、だからそれに対する反抗心も生まれてくるわけですが、そこでアスラン王がレファレンスされ、C・S・ルイス的になるというか。
ガス「この“ナラ”は愛する男性と結婚したいある男性について歌った曲で、まあ、男が男と、女が女と結婚したらいけないみたいな風潮のため、結婚することを禁じられてしまっているわけなんだ。そういう意味ではちょっと政治的な曲なのかもしれないけど、“ナラ”のアイディアは、別に他の人に害を与えることでなければ自由になんでもやっていいんじゃないか、という考え方に基づいているんだ。まさに奈良を彷徨う鹿たちのように。アスラン王に関しては、まあ、あの本(『ナルニア国物語』)に登場するキャラクター中で最高じゃん。みんな、アスランは素敵だ!って感じで。アスラン王がイエス・キリスト的だっていうこともあるけど、そこにあまり突っ込んでるわけじゃなくて、彼は色んな側面があって……」
ジョー「そう、アスランはみんなに喜びをもたらすキャラクターだよね。彼が登場すると、みんな『アスランだ!』みたいな感じで、だから“ナラ”の主人公も自分にとってのアスランをようやく探せたんだよね。それだけ喜びと安心感をもたらせてくれる相手を。多くの人はそういう相手を探し求めているんだけど、なかなか探せなくて、でも彼は探せたんだよね。自分にとって完璧な相手を、陰に対しての陽というか」
──一瞬、アルト・ジェイにしてはわりと型にはまったタイプの曲だと思ったんですが、ロカビリーっぽくてR&Bっぽいと思ったら、プログレっぽいドラムが挿入されたりして、結局、アルト・ジェイとしか形容できないなと思いました(笑)。
ガス「うん、“レフト・ハンド・フリー”はわりとすぐ出来上がった曲で、ジョーが前に思いついたギター・リフをもとに作り上げたんだ。実はこのリフは前作の“ブラッドフラッド”で使うつもりだったらしいんだけど、そう考えると、知的とも言えるあんなトラックから、キャッチーで楽しいこの曲が生まれたのが面白くて。あの日、とりあえずこのリフを中心に通常とは違う感じで、トムはロックっぽいドラムを叩いていて、ぼくもブラスとかオルガンのサウンドでとにかくわかりやすいコードをガンガン弾いていて。あと歌詞もあえて冗談っぽい感じで、“ベイビー”とかそういうありきたりな言葉を使ってみたりしてね(笑)。それをいつもなら、『くだらないね』って言ってアルバムからは外すんだけど、実際に作るのはすごく楽しかったし、聴き返してみたら曲自体もすごく気に入ったんでアルバムに入れるべきだってなったんだよ。まさしくアルト・ジェイっぽくない、れっきとしたアルト・ジェイな曲なんだよ」
──多くのアルト・ジェイの曲がそうであるように、解釈によればセックスについて歌われているような気もするし。
ジョー「うん、もってこいのトピックだからね。世界中の人が尊重していることだし、みんなセックスについて話すのは好きだから、イギリス人でさえ」
──ホントに?
ガス「うん、みんなそれについて考えるのは好きだよね(笑)」
ジョー「別にこれについて議論しようってわけじゃないけど、ただ、結局セックスというテーマに落ち着くことって多いよね」
ガス「特にアートではそうだよね」
トム「うん、あと多くの人にとって、やっぱり好きなバンドがセックスについて考えたり歌ったりしていることを知るのは面白いんじゃない? ぼくたちのファンって若い子が多くて、まだ自分たちの欲望とかをはっきりと把握してなかったりする年頃だったりするんだよね。それで好きなバンドがこういうことを歌っていると、『なるほど!』ってなるという。自分もアートスクールにいたとき、そういうことがよくあったけど、『なるほど、なるほど、そういうことなんだね』って徐々にわかるようになってくるもんなんだよ(笑)」
──とにかくマイリー・サイラスの歌をサンプリングしていることが大きな話題を呼んでますが、まずそれについて教えてください。
トム「楽曲の部分はわりと早く作り上げたんだ。ぼくとジョーで一緒にある晩、普通にスタジオで作業していて、ジョーが適当に弾いていたギター・リフをエイブルトン(音楽制作ソフト)を使っていろいろと試してみて遊んでいて。それに冒頭のソナー・サウンドや、ブラスやストリングのサウンドなどを重ねていって徐々に作り上げていったんだよね。で、マイリー・サイラスのサンプルは、実は当時、マイリー・サイラスのリミックスを自分が手掛けていて。彼女の“4x4”ってトラックなんだけど、これって同じキーだってことに気付いて、だったらこのまま乗せてみたらどうだろうとなって試してみたんだ。そしたら、すごく上手くいって、これまで求めていたものとは違うダイナミックを音楽にもたらしたと思ったんだ。まさにこれまでとはまるで違う感触だったんだけど、それがすごくしっくり来るもので、この試みは面白いってなった。ただ、マイリー・サイラスということで、みんなが早とちりして、自分たちが目指していることを勘違いされるかもしれないという心配もあってしばらく検証することにしたんだけど、結局、サウンド的にはめちゃくちゃいいということで、そのまま使うことにしたんだ。今のところ反響は基本ポジティヴだよ。マイリーは前からぼくたちのファンで、めちゃくちゃ親友というわけではないけど、今では彼女とよく話すし、まさにお互いのことをリスペクトしているミュージシャンとしての関係性を築き上げている。そういう意味でも、このサンプルがもたらした結果に関しては誇りを持っているよ」
──そもそもマイリーがあなたたちのことを好きだったから、声がかかったんですよね?
ジョー「そうそう、面白いことに“ハンガー・オブ・ザ・パイン”を書く2週前ぐらいに、マイリーがいきなりトムのTwitterをフォローし始めたんだよね。それでトムが『あなたの曲をリミックスしていいですか?』ってメッセージを送ったら、彼女から『ぜひ』という返事があって、トムに“4x4”のリミックスを発注したんだよね。それで、トムのリミックスを断片的に聴かしてもらってたんだけど、それが最高だと思って、ぼくたち全員ずっとそれを聴いてたんだよね、2週間ほど。それで“ハンガー・オブ・ザ・パイン”を書き始めるわけだけど、まさかあのリミックスにこれほど影響されていたとはまったく思いもしなかった、あのサンプリングがはまるまでは。だから同じキーだってことも気付かなかったし、コード進行も結構似ていることに気付かなかった。しかもトムがエイブルトンを使ってるとき、テンポもほとんど同じだってことになって。だから、あのサンプルはあれほど完璧にはまったんだと思う。自分たちも気付かなかったんだけど、トムによるマイリーの曲のリミックスを、無意識のうちにアルト・ジェイとして再創造していたんだよね。まるで気付かなかったけど」
トム「うん、ホントにそんな感じだったような。すごく昔の記憶に思えてしまうんだけど、この曲だけ、なんというか、他とは別の文脈の中で作られた感じがあって。なんかこれだけの世界という感じで、実際のプロセスを思い出すのが難しい」
──マイリーの言葉“I’m a female rebel(わたしは女性反抗者)”というのは、実際の歌詞との関連性はあるのですが?
ジョー「自分たちが歌詞を書くとき、あらゆる解釈ができるようにオープンな感じにしているんだ。だから、当初はまったく関係なかったんだけど、今聴くと、ある女性に焦がれる男、あるいはある女性に焦がれる女がいて、『あなたのことが恋しい』と言うと、相手に『わたしは女性反抗者よ』と言われてしまうという。そういう解釈もありなんじゃない?」
提供:ビッグ・ナッシング
企画・制作:RO69編集部