開かれた未来に向かって

キム・ゴードン『ノー・ホーム・レコード』
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ALBUM
キム・ゴードン ノー・ホーム・レコード

ソニック・ユースの解散から8年、今年だけでも個展を2本開催した彼女は、自伝の著者紹介やTwitterのプロフィールの最初に「アーティスト」の肩書きを載せている。バンド活動(後には家庭の切り盛りも)を優先するべく若い頃目指していたビジュアル・アーティストの道を後回しにしたものの、やっと「我が道」を進めるようになったということだろう。類い稀な音楽集団SYを通じて豊かな経験・出会いを重ねてきたのは間違いないし、過去数年の主要アウトレットである秀逸な即興ユニット=ボディ/ヘッドの相方ビル・ネイスもそんな風に出会ったひとりだ。しかし元メンバーの3人以上にくびきを離れて本能的に、不遠慮に音の冒険を繰り広げる様が聴こえるスリリングな本作にはキム・ゴードンのルネサンスを感じずにいられない。メインでプロデュースに当たったのはスカイ・フェレイラ、エンジェル・オルセンらを手がけてきた俊英ジャスティン・ライセンで、生楽器にめり込むインダストリアルなノイズ、エレクトロニック・ビートや瞑想型のサウンドスケープ他をコラージュしたサイキックかつポップな音作り&質感は、彼の仕事では鬼才イヴ・トゥモアのアルバムにもっとも近い。打ち込みビートを基盤にギターやポエトリーが絡む作りにはキム×DJオリーブ×イクエ・モリの前衛コラボ作(00年)の発想が残響するが、全曲が「歌」として個々に立っているゆえに本作の印象はずいぶん違う。にしても、なんという歌だろう。ノー・ウェイブやストゥージズとチャネリングした爆発的なパンク曲(②⑦)、メタリックなギターの咆哮する④といったSYファンの溜飲を下げるロック調から拡張するトーン・ポエム⑧⑨の抽象性まで、難なく両極をこなす彼女のボーカリストとしての力量には改めてうならされる。中でも白眉はトラップを踏まえた③や、①⑥を始めとするミニマルなヒップホップ/エレクトロ・ビートのフェティッシュで不穏なダイナミクスとの融合ぶり。彼女の音楽的なバックグラウンドとそこで培われた知恵を集約した上で、現在へと見事に更新してみせた作品だと思う。

偶然とはいえ、キムとほぼ同世代でビジュアル・アートと音楽を柔軟に行き来している元スロッビング・グリッスルのコージー・ファニ・トゥッティも今年久々のソロにして傑作『TUTTI』を発表した。両者の人生曲線は似て非なるものだが、「女性の音楽」の概念の裾野を広げたパイオニア勢である両者がいずれもマシーンや無意識の領域に向かっているのは興味深い。彼女たちはこれから増々面白くなっていく。 (坂本麻里子)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。
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キム・ゴードン ノー・ホーム・レコード - 『rockin'on』2019年11月号『rockin'on』2019年11月号
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