1994年は90年代でもとりわけ「名盤の当たり年」と呼ぶべき一年で、同年から25年の節目を迎えた今年、オアシスの『ディフィニトリー・メイビー』、ニルヴァーナの『MTV アンプラグド・イン・ニューヨーク』、ブラーの『パークライフ』、R.E.M.の『MONSTER』など1994年の数々の名盤が記念リイシューされたのも記憶に新しい。
そんな1994年を代表する名盤として忘れてはならないのが、ジェフ・バックリィの『グレース』だ。今年8月には同作の25周年を記念して秘蔵アーカイブが一挙デジタル配信されて話題を呼んだが、1月29日(水)には『グレース』25周年記念リイシュー盤がリリースされる。
オリジナル盤以来の廉価盤としてのリリースで、これを機会にさらに多くの人に広くジェフ・バックリィの歌声を聴いてもらえることになるだろう。
『グレース』はバックリィの生前にリリースされた唯一のオリジナル・アルバムであり、彼は本作リリースから3年後の1997年、30歳の若さで亡くなっている。その悲劇が本作をオンリーワンのさらなる伝説にしてしまったことは皮肉だが、本作はまさに伝説と呼ぶに相応しい一瞬が永遠の中に封じ込まれたマスターピースだ。
『グレース』を聴くたびに感じるのは、私やあなたの目前で27歳の彼が今この瞬間に生きて歌っているかのような近さ、時に瑞々しく時に荒々しい、孤独の中に佇みながらも温かくヒューマニックなその声に宿る、信じられないような命の確かさだ。
1995年の来日公演の記憶が24年経ってなお生々しく、あの夜の新宿リキッドルームにむせかえっていた熱気や自分の体温と共に思い出されるように、『グレース』とバックリィの歌声は、今もなお聴く者の中で脈打ち「生きている」と感じられるものなのだ。
普遍的、という言葉がこれほど相応しいアルバムも滅多にないだろう。
『グレース』に収録された珠玉の名曲の中でも、特に際立った一曲である“Hallelujah”を劇中でフィーチャーした映画が来年2月21日より公開される。直木賞作家、島本理生の同名小説を原作とした異色の恋愛映画、『Red』だ。
夏帆演じる人妻の塔子がかつて愛した男、鞍田(妻夫木聡)との再会によって揺さぶられ、目覚めていく――大胆な性描写を含む官能小説としてセンセーショナルに語られた『Red』だったが、本作では愛することと生きること、誰かに我が身を捧げることと自分らしくあることが高みで結びついた、人間の根源的姿が描かれている。
“Hallelujah”をフィーチャーすることは監督の三島有紀子たっての願いだったというが、バックリィの歌声はまさに『Red』のテーマを、愛と命の狭間でもがく女と男を包み込むように鳴っている。
ご存知の通り、“Hallelujah”はもともとレナード・コーエンによって生み出されたナンバーだ。ボブ・ディランやジョン・ケイル、ルーファス・ウェインライトら錚々たるアーティストたちによってカバーされてきた同曲だが、中でもコーエンの原曲を凌ぐ知名度と普遍性を兼ね備えたバージョンとして名高いのがジェフ・バックリィ版“Hallelujah”で、コーエンとバックリィのバージョンを聴き比べると、まるでコーエンが残した「問いかけ」に対する「答え」のようにバックリィの“Hallelujah”は聴こえる。
コーエンが5年もの歳月をかけて書いたと言われる“Hallelujah”は、旧約聖書の引用と性的な比喩が交錯する難解な歌詞でも知られているが、それは神と愛を、神の赦しと恋人との復縁を重ね合わせ、救済を求める悲痛なラブ・ソングとも読み取れるものだ。
《冷たく、壊れたハレルヤ(It's a cold and it's a broken hallelujah)》と歌われるかの有名な一節は、『Red』の塔子と鞍田にとって福音となっているのか。ぜひ劇場で確かめてみてほしい。(粉川しの)
●映画情報
『Red』
2020年2月21日(金)新宿バルト9他全国ロードショー
出演:夏帆、妻夫木聡、柄本佑、間宮祥太朗
片岡礼子、酒向 芳、山本郁子/浅野和之、余 貴美子
監督:三島有紀子
原作:島本理生『Red』(中公文庫)
脚本:池田千尋 三島有紀子
企画・製作幹事・配給:日活
制作プロダクション:オフィス・シロウズ
企画協力:フラミンゴ
©2020『Red』製作委員会