7月19日の昼すぎ、出張でロサンゼルスを訪れていた増田勇一氏に付き添って、トゥールの13年ぶりの新作『フィア・イノキュラム』の試聴会に参加した。参加者は我々のみで、会場となったのはハリウッドから高速道路を30分ほど北上した丘の上にある閑静な住宅街の一軒家。トゥールのパブリシストのオフィス付きの自宅である。これまで様々な試聴会を体験してきたが、大抵レコーディングスタジオやレーベルのオフィスやホテルの一室で行われていた。誰かの自宅というのは、前代未聞だった。
パブリシストのモニカさんは、我々をモダンでお洒落なリビングルームに招き入れて、「こんな試聴会って、かなり変わってるわよね」と笑った。確かに奇妙だけれど、この家には彼女と我々以外には誰もいないので、貴重な音源がリークする心配はない。ここでなら日本のメディアのために試聴会をしてもいいというレーベルの判断だったそうだ。
ソファーの上には綺麗な猫が座っていて、少し間を空けて座った増田さんにすり寄っている。モニカさんは敬意を払ってくれたのだろう、我々の携帯を取り上げるどころか、使わないようにという注意すらしなかった。
「実際のアルバムは1枚だけど、これは2枚に分かれてるの。だから、1枚終わる頃に入れ替えに来るわね。私はあちらのオフィスにいるから、もし何かあったら呼んでね」と言って、彼女は奥に姿を消した。
それぞれの曲が余裕で10分を超える大作を聴き終えた後でモニカさんに確認すると、トータルで約84分(ボーナストラックを含むデジタルダウンロード盤の長さ)とのことだった。大音量でアルバムが流れる中、リビングの大きな窓からはカリフォルニアの青空と裏庭の花壇とヤシの木が見えていて、猫は最後までずっと気持ち良さげに増田さんの膝の上で寝ていた。その空間は、トゥールらしさが渦巻く『フィア・イノキュラム』の圧倒的なサウンドとは全くマッチしておらず、とてもシュールだった。(鈴木美穂)
関連記事はこちら。