イアン・ブラウンの10年ぶりのソロAL『リップルズ』。気負いを捨てた、素のイアンの歌と音の世界を味わい尽くす
2019.02.02 14:00
イアン・ブラウン、10年振りとなるソロ新作が今回の『リップルズ』。ザ・ストーン・ローゼズとしては2017年6月のライブを最後にその動きはまったく伝わってきていないが、実は今年はローゼズのファースト・アルバムのリリース30周年でもあるので、4月以降、メディアでそのことが取り上げられることになるのはまず間違いない。イアンのこの新作ももともと3月1日にリリースが予定されていたのがひと月繰り上がったのも、そのせいかもしれない。
実はイアンはローゼズのメンバーでは解散後唯一、自身の作品をコンスタントにリリースしてきたわけだが、そのアプローチはインディ・ロックにグルーヴをもたらしたというローゼズの画期性にこだわったもので、自身が得意とするひたすらイギリス的なロック・メロディにコンテンポラリーなリズムをどう組み合わせていくかというものだった。それだけにリズムについては常にヒップホップを意識したエッジやハードさを備えたものになっていたし、09年の前作『マイ・ウェイ』についてはどこまでもR&Bに近い、イアン独自のエレクトロ・ファンク・ロックになっていた。事実、イアンは前作リリース当時、ジェイ・Zのマネジメントのロック・ネイションともソングライター契約を交わしていたことも明らかにしていたくらいだ。
それに対して今回の新作はこれまでのソロ作品の気負いをいったん脇に置いて、自身の資質をごく自然に前面に打ち出した内容になっていて、その最たるものが、昨年シングル・リリースされ、オープナーにもなっている“First World Problems”だ。イアンのどこまでも抒情的なメロディラインに、オーガニックで分厚いファンク・グルーヴを被せていくという、イアン節の魅力が炸裂する楽曲になっている。
歌詞的にイアンはその時々の世界の経済や社会について歌い込むことがあり、タイトルの「第一世界の問題」もまたそれをほのめかしているようにも思えるが、実は「自分しか見えていない(第一世界)人物」の身勝手さを皮肉として歌う、関係性についての歌になっている。こういう辛辣さもイアンならではのもので、メロディも歌詞も久々に味わうイアン節なのだ。
同様にオーガニックなファンクとイアン節を堪能させてくれる“The Dream and the Dreamer”なども健在ぶりをよく体現しているが、イアン節の究極技となっているのが、独特のメロディを歌い上げるバラードにワウワウ・ギターを重ねる“From Chaos to Harmony”。とにかく、この絡みつくメロディがまさにイアンの必殺技なのだが、終盤でテンポを上げてサビに雪崩れ込む展開とそのメロディの流れがやはり素晴らしいのだ。
カバーも取り上げているが、たとえば、バリントン・レヴィの“Black Roses”などはコーラスだけかろうじてオリジナルの節回しを微かに残しながら、ほかはすべて完全にイアン節に作り変え、アップテンポなロック・ファンクへと鳴らしているところが痛快だ。
一方でマイキー・ドレッドの“Break Down the Walls (Warm up Jam)”などはただひたすらヴァースを連呼していく妙なトラックだが、副題にもあるようにウォームアップ用の声出しをそのまま録っただけのものなのだろうし、イアンらしい素の表情になっている上に、ポスト・パンク期に青春を過ごしたイアンの音楽的な素養もよく物語っていてしみじみとするトラックだ。
タイトル曲“Ripples”はイアンに期待される、ファンク・ロックを閃きのまま形にしてしまったようなトラックで、やはりアルバム・タイトルになる性格の曲。個人的に興味深かったのは、ベックの『モダン・ギルト』を思わせる拡がりを感じさせるノスタルジックなロック・バラードの“Blue Sky Day”で、メロディと曲作りについてはやはりただものではないとあらためてわからせてくれた。(高見展)