2021年の洋楽シーンについてライターの高見展さん、粉川しのさん、木津毅さんの3名とロッキング・オン最新号で語った。以下、一部を掲載する。
木津毅(以下、木)「僕は、今年は色んなところでロックが元気だったな、というのは素直に思っていて」
山崎洋一郎(以下、山)「うん、同感同感」
木「UKインディ・ロックなどが盛り上がっていたという、元々のロック・アクトの盛り上がりもあるんですけど、それだけじゃなくて、いわゆるポップ・アクト――ここでいうなら、オリヴィア・ロドリゴであるとか、リル・ナズ・Xとかが、ポップ・パンクっぽいことをやったり、ジャンル・ミックスのひとつの時代を経て、みんなロックというものをフラットに取り入れている時代になったんだなって思っていて。時代の動きっていうのもあるんですけど、それもコロナ/パンデミックの影響も多少あるのかなと思っていて。例えばスタジアム・ロック的なものに対する欲求だったりとか、あるいは生音だったら、皆で一斉にバン!って鳴らす音への欲求みたいなものがロックの復権に結びついているのかな、というふうには今年は思っていました」
山「なるほど。粉川さんはどうですか?」
粉川しの(以下、粉)「今、木津さんがおっしゃった通りで、2021年って私の中では、躁と鬱というか、解放的なものと内省的なものがハッキリわかれていたイメージがあって。その解放的なものとか、すごく肉体的かつ本能的で、コロナなんか突き抜けてやろうよっていうポジティブなものを象徴しているのがロックだったっていうイメージがあるんですよ。マネスキンもそうだし、それこそ、オリヴィアのポップ・パンク的なアプローチもそうだし、インヘイラーみたいな純正インディ・ギター・ロックとか。そうかと思えば、ウィーザーとか、フー・ファイターズみたいなメチャクチャベタなリフとか、メロがあって、開き直ってスタジアム・ロックをやってきたっていう、そういうポスト・コロナ時代に向けての新しい扉が開いた解放感の部分を担ってきたのがロックで。一方の内省的表現としては、ビリー・アイリッシュやラナ・デル・レイの新作とか、それこそ子供時代の記憶に想いを馳せてみるザ・キラーズだったり、セイント・ヴィンセント。あとはイマジン・ドラゴンズもそうなんですけど、高見さんがおっしゃったような、今だからこその”熟成感”、”内省感”、自分で自分の中の物語をひとりで育んでいくようなひとつのムードがあって、そのふたつがすごく両極でダイナミックなコントラストを描いた年で個人的にはすっごく面白かった」
山「木津くんとすごく近い感想なんだけど、ロックというひとつのジャンルに限ったことではなくて、あらゆるジャンルにおいて、ジャンル自体に対する自覚すらなくなってきたな、意識すらなくなってきたとすごく感じていました。つまりひと言で言うと、あらゆることが“関係なくなっちゃった”っていう。以前の時代にあったあらゆるものがメジャー、マイナーの境界も関係なくなった、ジャンルのボーダーも、”反動でこういうジャンルが生まれた”っていうものではなくて、関係ないっていう感覚というか。それでZ世代が台頭してきたことによって、彼らはもう、ナチュラルに関係ないっていうか。ロックの反動でこういうジャンルが出てきた、オーガニックの反動でエレクトロニックなものが出てきたとか、そんな因果関係すらわからなくて、最初から関係ないっていう。ただどれを選んだかってことに過ぎないという。そんな地平に完全に突入したなという感じがして。だからリード文にも書いたんだけど。例えばオリヴィア・ロドリゴのロックに対する接し方であったりとか、ウィローのロックに対する接し方の、あの関係なさとか。『今、どういう因果関係でロックを選んだんですか?』『知らん!』みたいな(笑)」
(以下、本誌記事に続く)
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