※このライブレポートは7/15付で執筆されました。
(rockin'on 9月号掲載)
文=増田勇一
原点回帰という言葉が示唆するものが、どんなケースにおいても常に同じだとは限らない。たとえば音楽の領域において、それは「ルーツ確認」的なことを指すことが多いわけだが、そうした意味合いで使われるのは、その先に進んで行くべき未来がある場合だけであるはずだ。
7月5日、英国はバーミンガムのヴィラ・パークにて『Back to the Beginning』と銘打たれた一夜限りの巨大イベントが開催された。オリジナルメンバーの4人が顔を揃えた形でのブラック・サバスの正式な最終公演であると同時に、オジー・オズボーン自身の引退の場ともされるこの公演は、錚々たる顔ぶれのバンド/ミュージシャンたちの出演を伴いながら約10時間に亘って繰り広げられ、4万人を超えるオーディエンスと580万人にも及ぶ全世界の配信視聴者に見守られながら、最終的には盛大な打ち上げ花火の連発をもって終了に至っている。
僕はその模様を、自室のPCの画面を介して観ていた。残念ながらアストン・ヴィラFCのホームにあたるスタジアムの群衆にまみれながら目撃することは叶わなかったが、仮に現地の熱狂の中に身を置いていたならば、幾度も号泣を繰り返す羽目になっていたことだろう。実際、画面越しにその様子を観ているだけでも平静を保てなくなるような瞬間が幾度も巡ってきた。そしてすべてを見届けた後に何よりも感じたのは、“生”の重みと素晴らしさだった。
このイベント開催についての情報が明るみに出た当初、僕自身の頭に浮かんだのは1992年4月にロンドンのウェンブリー・スタジアムで開催されたフレディ・マーキュリーの追悼コンサートだった。ひとつの目的のためにさまざまなビッグネームが集結するという意味合いからも、出演者の数の多さからも、あの公演が過去の成功実例として良い意味での叩き台になるのではないかと想像したのだった。実際、現地まで足を運んで観た同公演は本当に感動の連続といえるものだったし、いまだに僕自身の記憶の中では過去最高のライブのひとつであり続けている。
そして『Back to the Beginning』にも、それに勝るとも劣らない感動があった。名だたる出演者たちが短い出演枠の中でかならずブラック・サバスもしくはオジーの楽曲をプレイするさま、誰もが彼らの功績を称賛し、感謝を口にするさまにも、33年前の記憶と重なるところがあった。ただ、両者の間には決定的な違いがあった。そう、主役たる存在が空の上ではなくステージ上にいる、という点である。
メタリカをもってすべてのゲスト出演者たちの演奏が終了すると、この一大イベントは当然ながらオジー、ブラック・サバスのパフォーマンスをもって締め括られた。前者は5曲、後者は4曲というごくコンパクトなステージではあったが、その間、オジーはステージ中央に設えられた玉座に腰を据えたままだった。そこに収まりながらも前のめりになりながら歌う彼の姿からは、今にもそこから立ち上がりそうな気配も感じられたが、残念ながらそれが叶うことはなかった。ただ、その鬼気迫る形相からは、最後のステージを全うしてやろうというすさまじい気迫が感じられた。パーキンソン病との闘いを続けている彼のそうしたたたずまいから伝わってくる、生きることへの渇望。自分に感動をもたらしているものの正体は、それだったのだ。
もちろんオジーばかりではない。彼の背後でドラムを叩くビル・ワードにも、かつて健康上の理由により創作やツアー活動から身を引いていた時期があったし、オジーが彼の体調について無遠慮な発言をしたことが両者の関係を悪化させたと報じられたこともあった。その彼が、原曲よりも遅いのではないかと思われるスピードで演奏するさまや、暑さのためか演奏途中でTシャツを脱いで上半身をさらした姿は、ある意味、老いていくことの残酷さを感じさせるものだったかもしれない。しかし同時に、とても美しくも感じられた。
現在、オジーは76歳、ビルとトニー・アイオミは77歳で、この公演当日はまだ75歳だったギーザー・バトラーも7月17日に76歳になっている。トニーにも癌との闘病歴があるし、彼ら4人にとって、人生の終わりは意識せざるを得ないものだといえる。そこで有終の美を飾るべく設けられた機会に掲げられた『Back to the Beginning』という言葉には、原点回帰ではなく「生まれた場所で終わりたい」という願いが込められているように思われる。