平澤 一番思ったのが、メンバー全員が対等という感じでした。よくあるクリシェかもしれないんですけど、誰か一人が欠けても『危機』のあのサウンドはできなかったんだなというのを、バンドメンバーの友情とかではなく、音と音のぶつかり合いからすごく感じて。私の世代とかだと、音楽をやろうとなったら、まずはDTMで一人で作るところから入るみたいな感じで、バンドをやることはカロリーのいることなんです。けれども、そのカロリーこそが逆にバンドの本質で、それを突き詰めるとこうなるんだなっていうのを、ある種クールな形で感じました。熱い感じではなくて……。
山崎 一丸となってやる、みたいなのじゃない。
平澤 そうですね。一丸となるのではなくて、クールに、それぞれの技能をぶつけ合ってすごいものを作る。その感じがイエスなんだなと思いました。それを思った時に、コロコロ、メンバーが変わっていくのも納得がいったというか。個人と個人のぶつかり合いがイエスなんだなと思いました。
山崎 きっと仲違いして別れるとか、人間ドラマでのメンバーのチェンジではなくて、『このメンバーでやれることは、これだ、以上』っていう感じだよね。
増田 しかもそれが、せいぜい20代半ばだった頃じゃないですか。要は、ちょっと偏差値高めの人たちが考えすぎてやっているところもあると思うんですよね。ブルースロックを大音量でやってハードロックになったとも言われている中で、それだけで飽き足らない人がプログレに来たのかなっていうところはありますし。そこで、イエスはメンバーみんながすごい技量を持っているんだけど、リーダーシップを持って俺についてこい、っていう人たちじゃなかったわけですよね。人間力はまだ備わっていなかったというか。だから、全員が主張をしているところをなんとか交通整理して、ぶつかり合うのをプロデューサーが折り合いをつけて作っていたからこそ、こういうものが作品になり得たんだろうなという気がします。人間関係ではなく、音楽的な理由のメンバーチェンジだったからこそ、出戻りもあったんでしょうしね。たとえば、リック・ウェイクマン。『危機』の次で辞めて、また戻ったりもしているじゃないですか。しかも、プログレは同じ界隈でのゲスト参加とかも結構多いですもんね。だから、音楽的にはすごく高度でありながらも、まだまだ人間としては若造だったからこそ、こうなったのかなとも思うんですね。
山崎 今回、スティーヴン・ウィルソンのリミックスで音が整理されて、イエスのサウンドアンサンブルをより際立った形で聴きながら思ったのが、今、プログレでもどのバンドでもリマスターとかリミックスっていっぱいあるじゃないですか。でも、イエスにおいては、サウンドのアップデートがものすごく重要な意味を持つと思ったんですよ。それはなぜかって言うと、当時のプログレバンドって、ある種、サウンドは手段だったわけですよ。たとえば、キング・クリムゾンだったらロバート・フリップが考えていることを作品に置き換えるための手段。
増田 答え合わせは、そこですよね。
山崎 ピンク・フロイドも、シド・バレットの感性、その後、ロジャー・ウォーダーズの思想の反映の場になって、さらに後でデイヴ・ギルモアの野望の表現の場になったんですけど。そういうのではなくて、イエスっていうのは、このメンバーでどんなアンサンブルとサウンドを作れるか、それが全てっていう、めちゃくちゃピュアだと思うんですよね。だから、音がこういうふうに新しくなることで、彼らの本質がめちゃくちゃ出る。やっぱり、ポップな感じがしたんですよ。
増田 そこでポップに落着しているのって、やっぱり、歌の力が大きいんだろうなと思いました。あの声、あのメロディが乗っかっていること。主に、曲作りはジョン・アンダーソンとスティーヴ・ハウを中心にやっていて、リズム隊がそこに絡んでっていう作り方だったみたいですけど。あの声があるからこそ、いろんなことが判別可能になるというか、楽曲の切れ目がわかるというか、そういうところもありますし。やっぱり、そのわかりやすさ、綺麗さは歌に負うところが大きいのかなと思いましたね。
山崎 当時、リアルタイムではイエスって少しバカにしていたところもあって。キング・クリムゾンみたいに一つの価値観を叩きつける力はなかったし、ピンク・フロイドみたいにものすごいメッセージ性と社会批判的なものを歌詞に込めるみたいな姿勢もなかったし。意味性という点においては、イエスっていうのは取るに足らないバンドだなというところで、意味性を求めていた思春期の僕は軽視してしまったんですよ。昔って、ロックはそれが全てってところあったじゃないですか。それこそパンクもそうでしたよね。けれども今、あれから何十年も経ったポップミュージックにおいては、歌詞の意味とかバンドの思想が相対化されている。今は、しっかりと自分たちのバンドの本質をサウンドで表現しきれるかどうかがものすごく重要になっていると思うんです。そういう意味においては、イエスっていうのは突出している存在だなと思いましたね。
増田 イエスの歌詞については、今になってみると、自分なりに解釈できる部分も出てきて。ただのおとぎ話みたいな歌詞かと思ったら、そうでもないんだ、みたいなことに気づかされたりはしました。別にそこに風刺があるとか、社会批判があるとかではないんですけど、この額面通りの意味ではないのかもと思えたところもありました。
山崎 イエスの歌詞は中身がなくて、そこが逆にいいと思っていて。それでサウンドの迫力とテンションが際立つという。
増田 それはそれで一個の調和が取れた形なんだろうなと思います。
山崎 その調和感はすごくありますね。その意味でのイエスの歌詞の美しさっていうのは結構感じますけど。でもやっぱり、当時はプログレには意味を求めるっていうのが、ね。
増田 文学性の高さですか。
山崎 文学性、哲学性、思想性。
増田 哲学は確かに感じにくいかもしれませんね。でも、同時に僕の場合、80年代のトレヴァー・ラビンの頃のイエスも好きで、あれはあれで、別物と呼べば別物なんですけど、すごいアップデートだなと当時感じた覚えがあって。
山崎 そうですね。アップデートしすぎて反発喰らってましたけどね。
増田 そういうのも、経てきたからこそ、リマスターやリミックスとかも受け入れられるのかなという気もしていますね。アップデートされたことが過去にもあったからこそ、という意味で。
山崎 今回のスーパー・デラックス・エディションでは、余すところなく、いろんな角度から『危機』を味わえるわけですよね。それを踏まえて、イエスの音楽、『危機』というアルバムについて、それぞれ、語ってもらえればと思います。
増田 当時の人たちの熱量のあり方の凄まじさと、不思議さ。僕は、『なんで、そこまでそんなことに一生懸命になれるの』みたいな観点で聴けると、楽しみが増す作品だと改めて思ったところがあります。僕自身が子供の頃に『危機』を聴いた時には、『クラシックみたいなものなのかな?』って思ったんですけど、クラシックの作品で、演奏者の熱量とかそういうことに感心させられるっていうことはないと思うんです。そういう再現性のあるものじゃなくて、5人の普通じゃない人たちが一緒にやることで何ができるのかを、手探りで模索していったことの一個の記録なんですよね。たとえば今の解釈で言うと、プログレッシブロックって言った時には、テクニカルな演奏による再現性の難易度が高いものっていうようなイメージの音楽になると思うんですよ。ただ、プログレッシブとはそういうことではなくて、型にハマらず他の人たちとは違うものをどうやって作るかっていう試行錯誤だった。『危機』は、そのことに気づかせてくれる作品だと思います。そういう意味では、キング・クリムゾンやピンク・フロイドの哲学とは違って、純粋に音楽でそれをやるとこうなるんだよっていうことのすごくいいサンプルだと思うので、そういう楽しみ方ができるのではないかと思った次第でした。
山崎 僕も増田さんと意見が近くて、同じ印象を持ちましたね。ロックバンドがロックをやるだけじゃなくて、他の要素を取り入れる、他の要素に影響を受けた展開をするっていうのが、当時のプログレのすごく重要な要素だと思うんですよね。そのうちの大きな二つがクラシックとジャズだったと思うんです。で、クラシックっていうのは、増田さんがおっしゃったように、完成系を目指して、それを緻密に構築していく。でも、イエスがそうかって言われると、確かに複雑なものなんだけど、きっちり構築するために一生懸命演奏するっていうのとは全然違うんですよね。で、もう一方にジャズがあって、こっちは要するにプレイヤーがいかに自由に規則を逸脱できるかっていうのがあって。イエスはそれとも違う。不思議なんですよね。各プレイヤーはものすごく個性的で独創的なプレイなんだけど、それをアンサンブルとしていかに構築できるかっていう両方のトライアルな気がするんですよね。特に『危機』っていうアルバムは。たとえば、EL&Pみたいなバンドは、曲によって、クラシックよりがあったり、ジャズよりがあったりとか、曲ごとに分かれていた。けれども、イエスは、それを両方やろうとしているっていう印象をすごく持ちました。
増田 ある意味、本当に、混ぜるな危険の人たちですからね。よく言われるところによると、当時はリズム隊の二人の関係性がレコーディング途中で悪くなったっていう話はあるみたいなんですよね。クリス・スクワイアが色々と変えたがる。で、ビル・ブルーフォードは『もう限界だ』ってところがあったらしくて。『危機』の後、すぐ辞めちゃっているじゃないですか。それで結局、『危機』(Close To The Edge)っていうタイトルも『限界だよ』という。一個前の『こわれもの』(Fragile)もリック・ウェイクマンが、バンドの状態をそう思ったらしいんですよね。かたや、キング・クリムゾンの『レッド』も危険ゾーンの赤に入っちゃっているぞというわけで。そういう意味では、あの頃の人たちはみんなギリギリのことやってたんだろうなってのがありますよね。
山崎 イエスって、実は語られにくかったりするけど、すごく重要なバンドだったんだなって、改めて感じましたね。平澤とか、君ら世代はイエスの音楽についてどういうふうに捉えるの?
平澤 ブラック・カントリー・ニュー・ロード、スクイッドあたりが筆頭だと思うんですけど、最近のイギリスのインディ系のバンドは、私の耳で聴くと、プログレ的な複雑な要素を入れつつあるなと思っていて。スクイッドもブラック・カントリー・ニュー・ロードも、バンドのあり方として、絶対的なフロントマンがいない感じがあるんですけど。それで、ピンク・フロイド、クリムゾン的なあり方とは違う、イエス的なプログレッシブさの方が今は来ているところがあるのかなと思いました。先ほど、増田さんがおっしゃっていた通り、実際にはビル・ブルーフォードとクリス・スクワイアが衝突していたとか、そういう軋轢はあったにせよ、音の上では対等になっている。そういう、人と人の平等な交わりみたいなのが、今のバンドのあり方とイエスが重なる部分に思った感じですね。
山崎 平澤が言っていることはよくわかる一方で、今に限らないような気もする。ポストロックとかも、すでにそういう方向に行っていたんじゃないかな。要するにソングライターが絶対で、そのソングライターの歌詞とメロディを実現するためにバンドをやるんじゃなくて、メンバー同士のアンサンブルのスリルで聴かせることが目的になっている。これは、すごくイエスに近い感じ。それから、アニマル・コレクティヴとかダーティー・プロジェクターズ、ギャング・ギャング・ダンス、イェーセイヤーとかのブルックリン系もそうで、バンドなんだけどアンサンブル集団みたいな感じ。あのあり方のルーツとしてのイエスっていうのも、今回繋がった感じがして。それが、さらに今のバンドにも繋がっている。だから実は、今はイエスなんじゃないかな。俺、結構、地続きで聴けるんですよね。ギターのクリーントーンのアンサンブルも、センス的に今のバンドに近いし。デイヴ・ギルモアのディストーションがかかったブルージーなギターって、今のバンドの子は絶対にやらないじゃん。でも、スティーヴ・ハウのギター、単音のクリーントーンの譜割りの多いギターって結構耳にしますよね。だから繋がっているんじゃないかなって気がしていて。それと、スティーヴ・ハウって、完成度高く正確に演奏するというより、必ず崩しにかかっているじゃないですか。
増田 意外と揺れがありますよね。
山崎 あの揺れの感覚が、今のオルタナバンドの揺れの感覚と結構近かったりとかもする。
増田 どんなリズム隊と組むかによっても違ってくるでしょうしね。
山崎 特に『危機』というアルバムは、ビル・ブルーフォードのイエス時代の最後じゃないですか。ビル・ブルーフォードのドラムは、特に、今聴くとものすごくモダンな感じがする。アラン・ホワイトになると、ちょっとヘヴィになって、タメも入ってきて90年代以前な感じ。
増田 ロック然とするというか。ビル・ブルーフォードはジャズ側から来た人という感じがしますよね。
山崎 今回改めて聴いて、バカみたいな感想だけど、イエスはすごく器用だなって思いました。プログレバンドは沢山いますけど、ジェネシスとか、ソフト・マシーンも含めて、当時のオリジナルのプログレバンドでこれだけの長い組曲をちゃんとソングライティングできて、それを一瞬も退屈させないような独自のアンサンブルに構築して、コーラスワークもメロディも美しく歌う。さらに、“シベリアン・カートゥル”なんてさ、プログレバンドなのにダンスビートですよ。あれ、踊れるんですよ。踊れるプログレバンドっていないですよ。キング・クリムゾンでは踊れない。ジェネシスなんて『ウィ・キャント・ダンス』というアルバムもある、“俺たちは踊れない”だからね。ピンク・フロイドで踊るなんてのもありえないわけで。そういう意味では、イエスにはファンキーなビートもある。
増田 ただ、黒っぽいかっていうと違うんですよね。
山崎 そしてちゃんと、ハードロック的なカタルシスもあるじゃないですか。だから、相当優れたバンドだったなっていうのを、改めて思いました。逆に若いバンドとかって、プログレの中で一番インスパイアされやすいのって、意外とイエスなんじゃないかって。
増田 若いリスナーは、そうだと思いますね。
山崎 プログレの最新シーンじゃなくて、逆にインディ/オルタナシーンから新たなイエスが出てくると面白いですよね。まだイエスと出会っていない、インディ/オルタナ勢が『これだ!』って。
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