賛否両論を巻き起こした2021年の“クリープ”、遂に公式リリース! 新たな“普遍”を手に入れた、祈りをも感じさせるトム・ヨークの歌声を聴け
2021.08.15 16:00
今春アンダーカバーのファッション・ショーに提供され、話題を呼んだ“クリープ(Very 2021 Rmx)”が公式に音源化された。発売当日にトム・ヨークは「考え直された30年後の“クリープ”。ひっくり返ってしまったらしい世界のために」とツイートしたが、混沌の世相にふさわしくスピードを落とし倍近い尺にストレッチされた「再解釈」ぶりはなるほどラディカル。足をひきずるように重いテンポはカタルシスの到着を遅らせ、サビのシンセの瀑布は飛翔というより音楽の中に拡散し霧雨のようにしみ込んでいく。そのダークな違和感に「90年代を象徴するロック・アンセムのひとつを台無しにした」と批判の声すら散見されるが、イメージを決定づけた初期の大ヒットゆえにバンドにとって一種の足枷となり、一時期ライブのセット・リストから外されていたこともあるこのいわくつきの曲に再び向き合い、新たな表情、いや年輪を添える試みが起こったこと自体が興味深い。
アンダーカバーの高橋氏が手がけたジャケットはテーブル(携帯画面に見えないこともない)の前に座った視点から描かれた室内風景のイラストで、物理的にも心理的にも「半径5メートル内」生活を送る自分の現状と同じでつい苦笑いした。《僕はいったいここで何をしてるんだ?/僕はここにいるべきじゃないのに》の歌詞は、トンネルの奥になかなか光が見えてこないコロナ禍の状況にぴったりだ。以前本誌との取材でトムは「自分が大人になっていった90年代、あの頃に歌詞をどう捉えていたかというと、ソングライティングは自分に浄化をもたらしてくれるもの、という風に見ていた」と語ったことがあった。自らを陰気な変わり者と認め、その挫折感を正面から歌った“クリープ”はまさにそういう曲のひとつだっただろうが、今リミックスで何よりも筆者の耳に刺さったのは《Run, run, run…》の呪文/祈りのようなリフレインだった。走れ、逃げろ。それは疎外された若者の心理吐露という原曲のコンテクストを越え、誰もが今欲している解放、逃走の希求に聞こえる。優れた曲はこうして普遍へとアップデートされていくのだ。(坂本麻里子)
トム・ヨークの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』9月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。