祝:タイラー・ザ・クリエイター8年ぶり単独来日決定——NY最新公演レポ

祝:タイラー・ザ・クリエイター8年ぶり単独来日決定——NY最新公演レポ - 2025年6月6日 NYガバナーズボールより。pic by Deanie Chen for Governors Ball 20252025年6月6日 NYガバナーズボールより。pic by Deanie Chen for Governors Ball 2025

タイラー・ザ・クリエイターの最新ツアー『CHROMAKOPIA:The World Tour』は、2月4日の開始以来、「今年最高のライブ」と各メディアで絶賛され続けている。7月に開催されたニューヨークとニュージャージーでの計6公演(うち2公演はマディソン・スクエア・ガーデン)も約2万人×6日間を即完売。本人もソーシャルメディアで驚きと誇りを語っていたが、今回のMSG公演は、彼がファンと築いてきた絆が爆発するかのような、熱狂に満ちた一夜となった。アーティストとしての進化と現在地を立体的に提示するステージであり、全27曲をひとりでパフォーマンスする中で、音楽、視覚演出、演劇的構成、ファッションまでもがひとつに結びつき、単なるライブを超えた”自己神話”を更新するようなステージだった。

注目すべきは、豊かなディスコグラフィを持ちながらもそれらに頼ることなく、新作を中心に構成し、「今」を真摯に体現する姿勢だ。その姿は、長年積み重ねてきたファンとの信頼や愛情と強く結びつき、濃厚なコミュニケーションと感動的な空間を生み出していた。

会場には『CHROMAKOPIA』のユニフォームを着たファンや、『IGOR』時代のブロンドのカツラをかぶったファンの姿も。また、彼自身のブランド〈GOLF le FLEUR*〉の影響で、客席にはストリートの洗練を感じさせる観客が目立ち、グッズ売り場に長蛇の列ができていた。

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開演前、ステージ上にはアルバムのキービジュアルでもある緑のコンテナが積み上げられ、不穏で美しいライティングが空気を支配。このツアーは、メインステージで最新作の全14曲中12曲を披露するという、徹底した“最新作モード”だ。また、第2ステージでは過去作を展開する構成が用意され、その演出にこそタイラーらしいセンスが光っていた。

SEが鳴りやむと、観客は即座に「CHROMAKOPIA! CHROMAKOPIA!」と合唱。そのリズムに呼応するように“St. Chroma”が始まり、タイラーが緑のライトに包まれて登場。次の瞬間、爆発的な熱狂と火柱が会場を包み込む。

流れるようでいて鋭いフロウ、軍服風のユニフォーム、マスクとウィッグ。彼はまさに『CHROMAKOPIA』のキャラクターとして舞台に立ち、感情とキャラクターの分裂というテーマを、パフォーマンスで視覚化してみせた。「Fire」のパートではタイラーの指揮に合わせて観客が大合唱。それに連動して火花が上がる演出も加わり、重低音が鳴り響く中、ショーは本格的に幕を開ける。

驚かされたのは観客の反応だ。新曲の細部まで聴き込んでいるのが分かる圧倒的な熱量で、いや、タイラーのファンなら当然でもあるが、新作が過去作と並ぶかレベルかそれ以上で受け入れられていることが一目瞭然だった。

“Rah Tah Tah”からは、攻撃性とエモーションが激しく交錯する展開になだれ込み、観客のテンションも一気に頂点へと達する。”Noid”では、その突進力で会場全体が揺れるかのような迫力を見せた。青いムーディなライトに包まれながら、「ニューヨーク、今日はMSGの2日目だ。昨日のエネルギーはファッキング・クレイジーだった。でも今日は、それを超えるよな?」と問いかけると、会場からは大歓声。そして「証明してみろ!」の叫びとともに“Darling, I”のイントロが始まると、甘く切ないメロディ「Darling, I Keep Keep Falling in Love」を観客が大合唱する。激しさからスロウでムーディーな曲への切り替えも、まったく違和感なく自然に流れ込む。そしてこの日、観客は最新作の曲を一字一句逃すことなく歌い続けた。アルバム中盤に差し掛かっても熱狂はまったく衰えず、むしろ加速していく。ステージのエッジに腰を下ろし、切なさを込めて“Judge Judy”を歌う場面では、「Cause I don’t judge Judy」のフレーズを観客が歌い継ぐ。多くの場面で、タイラーとファンが“共演”するようなシーンが展開されていった。アリーナという巨大な空間であっても、スケールを超えた親密さが漂い、長年にわたって積み重ねてきたファンとの深い結びつきが、確かな形で存在していた。

祝:タイラー・ザ・クリエイター8年ぶり単独来日決定——NY最新公演レポ - 2025年6月6日 NYガバナーズボールより。pic by Roger Ho for Governors Ball 20252025年6月6日 NYガバナーズボールより。pic by Roger Ho for Governors Ball 2025

●キャットウォークから第2ステージへ
その後、天井からキャットウォークが静かに降下し、タイラーはその上でパフォーマンスしながらアリーナを横断して第2ステージへと向かう。この移動そのものが、物語の次章へと進むことを象徴していた。

キャッチーで騒々しい“Sticky”では、キャットウォークの下にモッシュピットが出現し、カオスと祝祭が入り混じるような盛り上がりに。続く“Take Your Mask Off”では、タイトル通り、タイラーが仮面を脱ぎ捨て、“もうひとつの本当の顔”を現す演出に観客は熱狂する。

これらの楽曲は、単なるパフォーマンスを超え、観客の心を自然体で惹きつけるクリエイターとしてのタイラーの才能を如実に示す場となっていた。彼の表現への誠実さやメッセージの緊迫感は、いかにスペクタクルが大きくとも、決してかき消されることはない。そして“Tomorrow”になると、第2ステージに彼の子供時代の家を模したセットが登場。リビングルームに入ったタイラーは、軍服を脱ぎ、より見慣れた普段着——キャップに〈GOLF le FLEUR*〉の装い——へと着替える。そこに映るのは、仮面を外した“素顔のタイラー”だ。それは、『CHROMAKOPIA』が描いた「自ら作った壁を壊していく」物語の延長線上にある。さらに、自分のブランドから発売したばかりの新作スニーカーを履いた足元が、巨大スクリーンに映し出されるという演出も。ファッションと物語性を融合させるタイラーならではの一幕だった。


⚫︎第2ステージ
第2ステージは、“ホーム”というコンセプトのもと、リビングルームで展開され、まるで巨大なアリーナ全体が、タイラーの家に招かれたかのような親密な空間に変わる。

彼は、自身のレコードコレクションを模したクレートからLPを一枚ずつ取り出し、ターンテーブルに置いていく。そこから過去作のメドレーを披露するという粋な趣向だ。アーティストが自らの過去と向き合う場所のようでもあり、言ってみれば、アルバムごとに構成されたテイラー・スウィフトの『The Eras Tour』に対する、タイラーなりの解釈とも言えるだろう。

スクリーンには、スティーヴィー・ワンダーの『Innervisions』、エリカ・バドゥの『Baduizm』、N.E.R.Dの『In Search of…』、アウトキャストの『Stankonia』、ホワイト・ストライプスの『Elephant』など、彼の音楽的DNAを構成する名盤が次々と映し出され、そのたびに会場から歓声が上がる。

『IGOR』のLPを手に取ると、客席からは大絶叫。“Earfquake”では観客が全編を歌ってしまうほどの盛り上がりに。そのアナログを丁寧にスリーブへ戻すと、再びクレートをめくる。『BASTARD』が映った瞬間にも歓声が上がるが、それには手を伸ばさず、次に選んだのは『Goblin』。”She”では、フランク・オーシャンのパートに合わせ、観客が自然とその部分を合唱していた。

『Wolf』では、“Tamale”が始まり、前方にいた小学生の男の子が我を忘れて踊り出す姿も見られた。ライブのハイライトとなる“IFHY”では、タイラー自身も圧倒されるほどの一体感が生まれ、強いカタルシスが場内を包んだ。

そして、『Call Me If You Get Lost』から“Wusyaname”が披露され、メロウなR&Bサウンドが空間を優しく包み込む。さらに、『Flower Boy』を手に取ると、場内がざわめき、不穏なサウンドが流れ出す中、タイラーは再びキャットウォークへと歩を進めていった。



●キャットウォークからメインステージへ
再びキャットウォークへと戻ったタイラー。観客の期待が高まる中、鋭いビートが鳴り響き、次の瞬間、“Who Dat Boy”のイントロが炸裂する。火柱が立ち上がり、観客は一斉に「Who dat boy? Who him is?」と叫び返す。フロア全体が震えるようなグルーヴと爆発するエネルギーに包まれ、モッシュピットも発生。内省と変身の時間を経て、タイラーは再び攻撃的なモードへと突入する。

メインステージへと戻り、終盤に向けて“パフォーマー”としての熱を再点火。“Thought I Was Dead”のビートが鳴り出すと、観客はリハーサルしていたかのように、「You don’t wanna go to war with a soldier」と大合唱。その息の合い方は驚異的だった。タイラーは、掠れた声で感情を吐き出すように歌い、そのフロウは怒涛のごとく展開された。

“Like Him”では、R&Bとゴスペルを融合し、ジャンルの地平を再構築するようなパフォーマンスが繰り広げられる。プラネタリウムのような光の演出が重なり、タイラーの「歌え!」の一声で会場が「Mama, I’m chasing a ghost」と美しく合唱しする神秘的な瞬間となった。

“See You Again”が始まると、会場には柔らかなハーモニーが自然に広がり、“New Magic Wand”で赤い照明に切り替わると、再び怒りが炸裂。パイロが縦横無尽に吹き上がる中、タイラーが「Together!」と叫び、観客と感情をぶつけ合うようにクライマックスへと突入する。

そして、ライブの終幕は癒しのような空気に包まれる。最新作から“I Hope You Find Your Way Home”が始まり、ステージは柔らかな光に照らされる。そこで、タイラーが「ニューヨーク、みんなが“ホーム”への道を見つけてくれますように」と語りかける。そして、“Your light, it comes from within(君の光は、内側から輝くんだ)”というメッセージと共に、身体を軽く揺らしながら、「Chromakopia!」と叫ぶ。下からの風を受けながら、まるでマイケル・ジャクソン思わせる姿でおじきをして、感動的に幕が降りた。

新曲がまるでクラシックのような熱狂で迎えられたこの夜、タイラー・ザ・クリエイターは、過去ではなく“今”という瞬間にすべてを注ぎ込んでみせた。Odd Future時代の暴力性と不穏さ、『IGOR』『Flower Boy』期の内省とソウル、『Call Me If You Get Lost』のカリスマ性とユーモア。それらすべてが凝縮された『Chromakopia』という作品は、2020年代以降の自己表現の理想形のひとつであり、このツアーはその体験版として機能していた。

『CHROMAKOPIA』の楽曲たちは、キャリア屈指の完成度を誇り、決して過去の名曲に引けを取ることなく、むしろその先を示していた。ヒットに頼らず、新作の世界観で最後まで押し切るという姿勢——それが成立してしまうこと自体が、タイラーのアーティストとしての成熟と信頼の証だ。

『CHROMAKOPIA: World Tour〉は、ヒップホップというジャンルをしなやかに越境し、音楽、ファッション、演出、物語を織り交ぜたトータル・パフォーマンスとして、2025年のライブ表現のひとつの到達点を刻んでいた。彼は、“最重要アーティストのひとり”という肩書きを軽々と飛び越えたと確信させるライブだった。

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●驚きの新作『Don’t Tap the Glass』発表

ライブレビューはここで終わるはずだった——だがご存知のとおり、タイラー・ザ・クリエイターはニューヨークでの公演期間中の7月21日、なんと完全サプライズで新作『Don’t Tap the Glass』を発表。NYのワールドトレードセンターにキャラ設置し、7月23日はたった10ドルで参加できるゲリラ的なリスニング&ダンスパーティまで開催したのだ。


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タイラー曰く、「このアルバムは、じっと座って聴くためのものじゃない。踊る、ドライブする、走る——とにかく身体を動かすことで、初めてこのスピリットが理解できるかもしれない。しかも大音量で」と語っており、本作はまさに“恐怖心からの解放”をテーマにしたダンスアルバムとも言える内容だ。

さらに、7月31日に開催されたシカゴの〈ロラパルーザ〉では、ヘッドライナーとして出演。なんとすでに新作のキャラクターも登場し、『Don’t Tap the Glass』から2曲を初披露。フェスという形式上、単独ライブとは異なる内容ではあったが、この突然の新展開により、来日公演の内容も一層予測不可能に。ファンの皆さんは、最新モードを期待して待とう。


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