舞台は総人口の約8割が「個性」と呼ばれる超常能力を持つ世界。そんななかで残りの2割にあたる「無個性」として生まれ、それでも、事故や災害、「ヴィラン」と呼ばれる犯罪者から人々と社会を守る職業=ヒーローに憧れ続けた少年・緑谷出久が、ヒーロー界の大スターから「個性」を継承することによって、『僕のヒーローアカデミア』の物語は始まった。
『週刊少年ジャンプ』で連載中のコミックスを原作としたアニメは好評を博し、この春から第2期が放送されている。そのオープニングテーマを米津玄師が書き下ろすという報せを聞いた時は正直驚いた。米津といえば、歌唱・作曲・作詞・アレンジといった音楽面だけではなく、ダンス、イラスト、ミュージックビデオなどでもそのセンスを光らせている人物。いわば「才能の人」に見られがちな米津は、生まれながらの「無個性」であった出久とはあまりに違って見える。そんな彼が「友情・努力・勝利」の系譜を継ぐジャンプ王道の物語をどう歌うのか。それが全く想像できなかった。しかし、実際にオープニングで流れたその楽曲“ピースサイン”は——―
雄叫びのような冒頭のコーラス。足取りを幾分か軽快にさせてくれる裏拍のリズム。そして《もう一度/遠くへ行け遠くへ行けと/僕の中で誰かが歌う/どうしようもないほど熱烈に》というサビのフレーズ。粛々と準備運動をするキャラクターたちの真剣な面持ちと派手なアクションをキメる戦闘シーンが対照的なオープニング映像に乗っかって米津が歌ったのは、踏ん張らなければならない時にどうしても顔を覗かせる臆病な気持ちや、そんな気持ちを抱えながらも「さらに向こうへ」と一歩踏み出す時の勇気である。“ピースサイン”を聴いて私が思い出したのは、「私が笑うのはヒーローの重圧/そして内に湧く恐怖から己を欺く為さ」というヒロアカ作中に登場する名台詞。強がりの象徴:ピースサインをタイトルに掲げることによって、その裏にある弱さをも掬い取ってみせた。
一言で表すならば「表裏一体の弱さと強さ」であり、つまりそれは形は異なれど誰の内側にも存在するもの。だから、「個性」が戦闘向きだからとか不向きだからとか、性格が自信家だからとか泣き虫だからとか、大人だからとか子どもだからとか、そういう話ではない。主人公の出久だけでなく、様々な個性を持つヒーロー(の卵)ひとりひとりの揺らぎと葛藤を顕在化させ、まるごと肯定することで、米津はヒロアカの世界と繋がった。そしてそれは「孤独」の存在を悲観せずにそのまま捉え、本当の意味で「一人」を尊重するような歌を歌い続けてきた彼だからこそできたことだった。
そうして生まれた楽曲が、現実世界を生きる私たちひとりひとりを奮い立たせるものであることは言うまでもないだろう。新境地でありながら実は真骨頂。“ピースサイン”はきっとそんな曲だ。(蜂須賀ちなみ)
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2017.04.15 18:00