ケンドリック・ラマーがなんとパリコレのルイ・ヴィトンMen’s SS23でいきなり新作をパフォーマンスして仰天した。映像はこちら。
ケンドリックのパフォーマンスは、10分すぎくらいから始まる。何がびっくりしたってカジュアルに観客と同じ場所に座っていて、そこでいきなりパフォーマンスしたこと。そういうのあまり見た記憶がない。
さらに、ルイ・ヴィトンのメンズのデザイナーで去年突然亡くなり世界が悲しみに襲われたヴァージル・アブローの追悼のためのパフォーマンスでもあり、それがあまりにエモーショナルだったのだ。ショーで有名なアーティストがパフォーマンスしたりDJしたりすることは珍しくないけど、こんなに感動的だったパフォーマンスも見た記憶がない。
ケンドリックはここで、最新作『Mr. Morale & Big Steppers』から、
“Savior”
“Rich Spirit”
“Count Me Out”
のパフォーマンスをし、その中で、”Long Live Virgil”と連呼しているのでグッと来る。
さらに”N95”でパフォーマンスを締めくくっている。
ケンドリックは、最新作のジャケットでもこの日同様のいばらの冠を被っているけど、それもヴァージルによる作品だ。
また、スーパーボウルのハーフタイムショーの時に着ていた衣装もやたらカッコ良いと思った方もいると思うが、あれもヴァージルによるもので、彼への追悼を込めていた。
https://youtu.be/gdsUKphmB3Y
アルバムから少しアレンジされていたが、このパフォーマンスを観るとツアーで新作を体験するのがあまりに楽しみだ。
●ケンドリックは最近、Spotifyのイベントでもパフォーマンスを披露していた。
●さらに、6月17日は35歳の誕生日だった。
●ケンドリックは、Spotifyの企画で、アルバムが発売されてすぐに初めてガーナを訪れていた。その映像が公開された。ここで、ヴァージルについてと、新作について語っている。
彼がここで訪れているのは、ヴァージルが生前子供達のために作ったフリーダム・スケートパークだ。ヴァージルの両親はガーナからの移民。
この中でケンドリックは、
「ガーナに来るのは生まれて初めてだ」と語っている。
―― あなたはこれまでも作品の中で多くを打ち明けて来たと思いますが、この作品は最もパーソナルに思えます。「(キッズ達に)ヴァージルが彼らにとってどんな意味があったのか聞いた。彼は、彼らにこのクリエイティブな場所を作ってあげたんだ。彼らが楽しめるようにね」
「この作品は、これまでで一番”現在”を語った作品だ」
「アルバムの中で一番好きなラインのひとつは、”セラピーに行かなくちゃいけない”と言われているところだ。だけど俺が”真の黒人男性に、セラピーなんかいるわけがない。何言ってんだ”と言ってる(笑)。だって俺たち黒人(男性)は本当にそう思いながら育って来たから。俺の両親だってセラピーなんて知らないし、祖父母だってセラピーなんて知らない。
俺たちが生きている間に経験した嫌なことは、その時々でなんとか対処するか、そうでなければ、一生向き合わないままにしていたりする。だから、いかに内に隠して秘めておく方法を学ぶんだ。だから人にセラピーに行けと言われても、それは、俺が得意とすることではなかった。父がセラピーなんて何のために必要なんだ、と言っていることが俺の中にもあったから。
だから、俺がセラピーに行くってこと自体が大きな挑戦だったんだ。
それは、全く新しいステップであり、全く新しい世代であり、つまり成長ということだった」
深すぎる…….。「人生というのは全てを経験するということであり、そして人はそれぞれが違う経験をして生きている」
「だけど、それでいてみんなで共有するものでもある。だって、俺たちみんな同じエネルギーを背負っているわけだから」
「生きている間にすること全て、して来たこと全て、その全てが、俺たち全員を象徴しているんだ」
ケンドリックが自分が一番好きだと言っているのは、このアルバムの中でも最も重要と言える曲のひとつ、“Father Time"の冒頭だ。彼のパートナーのホイットニーが、「あなたは本当にセラピーが必要だと思う」と語っている。
とりわけ黒人男性がセラピーに行かないというのは、よく言われることだ。というか、日本人もアメリカ人に比べるとほとんどセラピーに行かないと思うので、それは理解できるのではないかと思う。
この曲で、ケンドリックは、自分の父がそうであったように、自分もこれまで、自分が経験したこと、その傷などを人に打ち明けずに、秘めておくのが当たり前だと思って生きて来たことを打ち明けている。それが彼にどのような弊害を生んできたのかを。
この中で、非常に悲しいエピソードが描かれているのだけど、父親には、例えば膝を擦りむいてもすぐに起き上がり、泣いて弱いところを見せてはいけないと教わって育ってきたと。
男たるもの、感情を表に出してはいけないと。それが父から引き継いだケンドリックの抱える問題なのだが、
この曲は、「男たるもの」というマスキュリニティ、「有害な男らしさ」にも彼なりに向き合ったものである。「自分の感情は隠して、絶対に自分を表現してはいけない
男たるもの感情を見せるな、繊細さなんて絶対に役に立たない」
「父の母が亡くなった時に、父になぜそんなにすぐに仕事に戻るのか?と聞いたんだ
そこで彼が最初に言ったのは、『息子よ。それが人生ってものだ。すぐに生活費を稼がないといけない
それが父から引き継いだ問題だ。『他人は、全員くそだ、息子よ、自分の金は自分で稼げ。
自分の身は自分で守れ。誰も信じちゃいけない。信じられるのは母だけだ』
そう言われてきたから、人間関係はパッとせず、誰とも親しくなることがなかった」
つまりケンドリックが、ここで自分が心を開きセラピーに行くことにしたというのは、大きな一歩踏み出したこと=『Big Steppers』であると言っているのだ。
また、それは、自分だけのことではなくて、これまでの世代が抱えて来たトラウマについてでもあり、それを新しい世代としていかに前進し、癒していけるのか、という提示でもあると思う。
ちなみにこの作品は、ケンドリックがセラピーで告白するような作りになっている。
ケンドリックのパートナーでアルバムにも参加しているホイットニーが、父の日にポストしていたことが素敵だった。正にケンドリックがここで語っていることに関係しているからだ。ここでも”ステップ”という言葉が出てくる。「逃げてしまう代わりに、ステップアップしてくれた男性を祝福したい」と言っている。
しかし、ケンドリックなどが、大きな一歩を踏み出してくれたこと。「次世代のために自分が貢献したことを祝って欲しい」と語っている。そういうことをしてくれた男性達に感謝している、と。「女性達を助け、癒し、肉体的な意味だけではなくて、感情的な意味でも自分を見せてくれたことを」
「私は人生において、父が責任から逃げることばかりを目撃して来たように思う。だけど、今になって分かるのは、彼らは、自分自身の傷から逃げていたということ。でもそのせいで、子供達はそこに置き去りにされてしまう」。
つまりアルバムでも、黒人社会が抱える問題と、そこからいかに前進すればいいのかを語っていることになると思う。ケンドリックに全く新しい時代がきたことを告げるアルバムでもあったということだ。
ケンドリックは、今週末にグラストンベリーのヘッドライナーを飾る。ルイ・ヴィトンの数曲を観ただけでも、このライブが最高のものになるのはすでに分かる。
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