2020年を迎えたこのタイミングで、ロッキング・オンが選んだ2019年の「年間ベスト・アルバム」上位10枚を、10位〜1位まで、毎日2作品ずつ順に発表していきます。
年間8位の作品はこちら!
【No.8】
『フィア・イノキュラム』
トゥール
選ばれし者たちによる、豊かな音楽
10分以上に及ぶ長尺曲が多いという事実や、規格外の特殊アートワークに関することばかりが取り沙汰されがちだったトゥールの今作は、そうした部分も含めて“今”という時代を試すかのような意味合いを孕んでいたように思う。現代人はこの作品を鑑賞するにあたり定額制サブスクリプションで聴ければ満足なのか。やや高額な特殊仕様のアイテムに迷わず手を出す人たちがどれほどいるものなのか。ラジオには不向きなサイズの曲がどれほどの反響を集め得るのか。そして、アルバムという単位に則った音楽作品を世間がどの程度求めているものなのか。もちろんそうした市場調査のために制作されたわけではないにしても、近年の音楽消費のあり方に寄り添おうとしないこの作品の存在感はとても鮮烈だった。結果、この13年ぶりの新作は前二作に続いて全米No.1に輝き、グラミー賞にもノミネート。しかも彼らは今作の発表に先駆けて旧譜の配信リリースを開始し、一時は全米アルバム・チャート100位圏内に彼らの作品が5作も名を連ねるという事態まで引き起こしている。
こうした事実が証明しているのは、人懐こさとは無縁のものと見られている彼らの作品を嗜好する人たちは今なおとんでもなく多く、その音楽は試聴環境などの変化と関係なく支持され続けているということ。しかも興味深いのは、確かに大作ではあるが、難解さが前面に押し出されているわけではなく、いわば高いスキルと強い表現欲求を持った人たちによる“歌もの”として成り立っている点だろう。メイナードの歌唱やメロディのあり方は、このバンドの旧作群よりもむしろア・パーフェクト・サークルでのそれに近いといえ、各楽器が織り成す混沌の上で優雅に浮遊している。それゆえ、聴いていて緊張感に縛られるようなこともなく、むしろゆったりと身を任せることができ、鑑賞後には豊かな時間を過ごした充足感がもたらされることになる。つまり刺激や興奮ばかりではなく、やすらぎを得ることができるのだ。この音楽が支持を集める理由はそこにもあるはずだし、このバンドに対して過剰に敷居の高さを感じる必要はない。ただ、ひとたびそこに足を踏み入れれば、気付きの連鎖などによって深みに嵌まり、なかなか抜け出すことができなくなっていく。その状態のまま、来日公演実現を信じて待ちたいところだ。(増田勇一)
「年間ベスト・アルバム50」特集の記事は現在発売中の『ロッキング・オン』1月号に掲載中です。
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