めでたく第62回グラミー賞にもノミネートされたばかりのトゥール!
13年という長いギャップの後、法律的、個人的、クリエイティブな面での障害を乗り越えて、彼らは今年最も期待されていた新作『フィア・イノキュラム』を完成させた。現在北米で2万人クラスのアリーナ・ツアーを行なっているので、11月19日、NYブルックリンのバークレイズ・センターでソールドアウトの最新ライブを観て来た。
メイナード・ジェイムス・キーナンは相変わらずステージ奥の闇に隠れていた後、モヒカンに革ジャンという、過剰かつ過激な出で立ちに定評のある彼にしてはむしろ人並みに近い格好で登場。1曲目が終わると「ブルックリン! 君達は今本当にここにいるのか?」と禅問答のような投げかけをして、これまでと何ら変わってないことを早速確信した。
90年代に、オルタナ、アート・ロックから、いきなりメジャー級の人気を獲得してしまった彼らだが、この13年で音楽シーンは大きく変貌した。ロック・シーンに決定的な光明が見い出せない中、2分台の曲が主流の昨今に、彼らはなんと10分以上の曲が大半を占める新作で帰還したのだ。
しかし、世界最大のポップ・スター、テイラー・スウィフトの『ラヴァー』を蹴落として見事全米1位を獲得!
多くのメディアから高評価も得て、今年1位を獲得した数少ないロック・バンドのひとつとなったばかりか、新作を出してアリーナ・ツアーを行なっている唯一とすら言えるロック・バンドなのである。
新作の“Invincible”の中で、彼らは《戦士は時代に意味のある存在であろうと葛藤する/戦士は重要なことを成し遂げようと葛藤する》と戦場に帰還する戦士の不安を描いているが、このフレーズが13年ぶりにシーンに帰還する彼らの心情であると察するのは難しくない。
けれど、2年前にNYのフェス、ガバナーズ・ボールにヘッドライナーとして彼らが出演した時も思ったが、この日のライブは、そんな彼らの懸念はまったく無用だと証明するような内容だった。むしろ、今の世界の空気は彼らを求めていると確信するものだったのだ。
まず、会場が上下真っ黒なファンで埋め尽くされていたのが嬉しかった。
しかもティーンエイジャーのファンも多かった。着いて真っ先に気付くのは、厳重なカメラ撮影禁止の警告がされていたこと。彼らは昔から写真を嫌っていたので、この携帯文化の中に戻って来て、さぞかし苦痛だったに違いない。ただ始まってみれば心配無用で、少なくとも私の周辺では皆ライブにのめり込んでいたため、撮影どころか携帯で時間をチェックしている人すら見当たらなかった。
ステージにはシースルーのスクリーンが降りていて、ライブの前半はそこに映し出されるドクロなどを通してバンドの姿を観ることになる。この13年の間でコンサートの技術が発達し、彼らが長年追求してきた不穏な映像とサウンドによって築き上げられる独自の世界観が、より鮮やかに体感できるようになった。
ライブの1曲目は最新作から“Fear Inoculum”を披露。瞑想が始まるような、または催眠術にかけられるようなダニー・ケアリーのドラムに、アダム・ジョーンズのギターとジャスティン・チャンセラーのベースが、より不気味な世界観を作り上げる。
その瞬間から、ファンが長年愛してきた彼らの類い稀なる精密な演奏技術と、それを再現する最高級の音響システムにまったく衰えがないことを確認。メイナードが伸びやかで、これまで以上に美しいボーカルを会場に響かせると、「うおおおお!」という歓声が上がり、思わず熱いものが込み上げてきた。
この曲で彼は、「伝染」、「毒液」という独自の言葉で、「恐怖」が「接種」された我々の今の世界を描き、「免疫をあがめろ」と歌う。スクリーンには真っ赤な溶岩が映し出され、我々は彼らの世界に一気に飲み込まれてしまう。メイナードは新作について、『リボルバー』誌で「年や経験を重ねたことで得た知識が描かれている」と語っていた。「過ちや成功から学び、それを通して現在ここにいることを祝福することついて。僕らがどこからやって来たのか、そして過去の困難をいかに乗り越えたのかについて」と。
2曲目は、ダニーのドラムがより激しく鳴り響く“ Ænema”。
これは、環境破壊にも触れたと思える曲で、つまりライブの前半で目の前にある恐怖や問題を再び我々に提示しているのだ。
そして、最新作のトーンと同様、より抑制の効いたダークでヘビーなサウンドが続いた。メイナードのボーカルに始まる“The Pot”では全員が合唱。アダムとジャスティンの変則的なギターとベースが警告を刻むように鳴り響き、歓声がなり響く中、4曲目の“Parabol”に続いた。ゆっくりと静かにダークな世界が展開し、ダニーのドラムが爆音で鳴り響くと、そこから激しいアダムのギター・サウンドへ。さらにヘッドバンギングまで始まり、パフォーマンスは頂点を迎え大歓声となった。
ライブが始まってから約35分、5曲目の“Parabola”でようやくステージのスクリーンが上がった。
そこで、巨大なLEDスクリーンが背後に表れ、一気に壮大な世界が広がった。ダニーの激しいドラムに合わせてLEDライトが駆け巡り、照明が太陽のような輝きを見せた。宇宙を彷徨い、探求し、瞑想した、哲学的な問答の世界から、より攻撃的で明るい世界観へと変貌したようだった。
最もキャッチーで人気があると言えるリフに始まる“Schism”から“Part Of Me”ではメイナードが、「ブルックリン! ここで訊いておきたことがある。この中で30代以下の奴らは手を挙げろ!」と言った。私の前に座っていたトゥールのライブを観るのは初めてだという13歳くらいの男の子2人も嬉しそうに手を挙げていたが、そこで何を言うのかと思ったら、「この曲を書いた時、お前らは精子ですらなかったんだ!」と言ったので笑ってしまった。
ここでは、この日最もパンキッシュと言えるサウンドが鳴らされた。
そして本編の終わりは、最も人気のある曲のひとつと言って間違いない“Forty Six & 2”。
ヘヴィなギター・リフとキャッチーなメロディで「脱皮」を歌いながら、体内の意識が統合する中で変化が訪れるのだと歌い、我々の意識に深く深く入り込んでくるような思想を投げかける。これまでで最高の歓声が上がる。
ステージには再びスクリーンが降りて、12分間を刻む時計のカウントダウンが始まる。12分間の休憩ということだ。
アンコールは、もともと背が高いダニーが両手を掲げステージの真ん中に立ったところから、五感を刺激するようなキーボードとプログラミングで我々を再び瞑想の世界に送り込む。つまり、探求と体験を経て、現在へ辿り着いたということなのだと思う。
そこからドラム・ソロを展開し、新作の“Chocolate Chip Trip”へ。そしてアダムのギターから最新作の“Invincible”へと続く。アダムのギター・ソロでテンポが変わり、世界観がまた一気に広がる。背景の万華鏡のようなカラフルな映像に観客は魅了され、しかし再びアダムとジャスティンが向き合い軍隊のようなリズムを刻み始める。ダニーはエスニックなキーボードを鳴らし、最後にはメタル・サウンドに行き着き、すべての世界が飲み込まれるように終了。大歓声が上がった。
そして、ライブを締めくくったのは、90年代からの大人気曲“Stinkfist”だった。
なんとここでメイナードが、「今日は特別ゲストがいる!」とアレックス・グレイを紹介。背景には「アレックス・グレイ、ありがとう」の文字も上がった。最新作も含めたトゥールのアートワークを手がけてきたアーティストをステージに迎えたメイナードは、「アレックス・グレイが来てくれるなんてこんな貴重な瞬間はないから、お前らここからは写真を撮れ!」といきなり写真解禁したので、もう笑った。
“Stinkfist”では、刺激のありすぎる世の中が自分を無感覚にしていくことが描かれているが、それはまさに2019年をまとめているように思えて興味深かった。高度な文学性と強烈なメタル・サウンドが押し引きし合うように、その世界のジレンマを描くこの曲でライブはこの最高の熱狂に至り、終了した。
プログレから、メタル、オルタナ、エクスペリメンタルに変わり続け、規制の曲構成を破壊するサウンドと、高度な文学性と思想で精魂の追求をする彼らの世界観は、90年代に登場しワールドワイドな人気を獲得した瞬間から独自ではあった。が、この13年の間に世界は大きく変わり、2019年に蘇ってみると、彼らは完璧に「孤高な存在」となっていた。2分間の曲とソーシャルメディアによる情報の洪水の中で、彼らの手法は時代に誰よりも激しく反発している。
しかしだからこそ、政治的、自然環境的なカオスが広がる世界で、トゥールのライブこそ、我々が今最も必要な、思想を探求し、思考を繰り広げられる時間と空間を生み出してくれている。それはメイナードが言っていたように、過去から学び、未来を読み解く知恵を得る場所でもあるのだ。
2019年、トゥールは今でも重要な意味を持つバンドなのではなく、今こそ我々にとって必要なバンドなのだ。
<セットリスト>
Fear Inoculum
Ænema
The Pot
Parabol
Parabola
Pneuma
Schism
Jambi
Vicarious
Part Of Me
Forty Six & 2
Encore
Chocolate Chip Trip
Invincible
Stinkfist