ノーベル賞授賞式でボブ・ディランの“はげしい雨が降る”をパティ・スミスが演奏。緊張してハプニングも

ノーベル賞授賞式でボブ・ディランの“はげしい雨が降る”をパティ・スミスが演奏。緊張してハプニングも

12月10日にスウェーデンのストックホルムで開催されたノーベル賞授賞式で、文学賞を受賞したが先約があるため欠席を伝えたボブ・ディランに代わって、パティ・スミスが“A Hard Rain’s A-Gonna Fall(はげしい雨が降る)”の演奏を行った。

受賞決定後もボブは文学賞に本当にふさわしいのかという論議がメディアでも頻繁に取り上げられることになったが、文学賞の選考委員となってきたスウェーデン王立学士院(スウェーデン・アカデミー)のホレス・エングダールはパティの演奏前にボブの受賞を発表するスピーチの中でその受賞理由についてあらためて説明した。

エングダールは伝承文学や書簡文学が現代の小説の起源となり、現代の演劇がかつての市場などで行われていた余興や演芸から発展し、(ヨーロッパ各国の)地方言語による詩文がかつての古典ラテン語詩に取って代わったように、「誰かが単純で、見過されている表現形式を発見し、高い芸術性を持つものとしてみなされていないその表現を突然変異させた時に」世界の文学では大きな変動がもたらされることが多いとした上で、次のようにボブの功績について語った。

「今ひとりのシンガー・ソングライターがノーベル文学賞の受賞者となったこと自体は騒がれるべきことではありません。遠い昔にはすべての詩は歌われたり、曲として演じられたりしたもので、詩人とは朗読詩人、楽人、吟遊詩人のことを指していたのです。実際、歌詞を意味する「Lyric」という言葉は、ギリシャの竪琴を意味する「Lyre」が語源となったものなのです。ただ、ボブ・ディランが試みたことは古代のギリシャ詩人に立ち返ることでも、中世のプロヴァンスの吟遊詩人を目指すことでもありませんでした。そうではなく、彼は20世紀のアメリカのポピュラー・ミュージックにその身も心も捧げてきたのです。つまり、ラジオ局で放送され、レコードとして収録された、白人も黒人も含めた普通の人々のための音楽です。それはプロテスト・ソング、カントリー、ブルース、初期のロック、ゴスペル、メインストリーム・ミュージックなどです。ボブ・ディランはこうした音楽に昼も夜も浸り、自分の持てる楽器で試しながら、それを学ぼうとしたのです。しかし、自分で似たような曲を書こうとしてみた時、それは違ったものとして表れたのです。彼の手にかかって、材料は変わってしまったのです。ボブ・ディランは自身が受け継いだ遺産とガラクタの中から、陳腐なライムやその場の思いつきの戯言、悪態や信心深いお祈り、中身のない甘い語りや下卑た冗談の中から、黄金色に輝く詩を作り出してみせたのです。それが偶然の産物だったのか、そうでなかったのは重要なことではありません。すべての創造はまず模倣から始まるものだからです」

さらにエングダールはボブがストリート・レベルの激しい言葉と聖書や文学からの引用などを合わせる作風によって、登場した当初はフォーク・シーンにも詩壇にも衝撃を与えたと説明し、これを境に既成の詩が古いものとなり、それまでのフォークの聴き手もボブをウディ・ガスリーのまがいものとは呼ばなくなり、誰もがブレイク、ランボー、ホイットマン、シェイクスピアなどの古典文学にインスピレーションを求めて向かうことになったと振り返った。

さらにボブの出現以来、詩という表現の内容にこれほどの今日性がもたらされたのは18世紀のロマン主義文学以来のことだと指摘し、また、ボブの作品が単純に優れていることを強調し、ボブの作品がどのような形で文学として括られるのかという問いへの直接的な答えは「彼の曲が持つ美しさは最高峰のものだから」と説明した。それは、ボブのネヴァー・エンディング・ツアーに詰めかけて、ボブの歌詞があの魔法の声とともに発されるのを息をのんで待っているファンの心情と同じで、最高のものはそうとしかいいようがないと説明した。

そして、エングダールは「ボブはその作品世界を通して、詩とはどういうもので、なにができるのかというわたしたちの概念を変えた」と結論づけ、その功績についてギリシャ、ローマ時代の古典、さらにロマン派や並み居るブルースの名手たちと同等に肩を並べる存在だと説明した。さらに「もし文学畑の人々が不満で声を上げるのなら、誰かが教えてあげなければなりません。詩の神々やミューズは文章を書いたりはしません。みんな歌って踊るのですと」とスピーチを締め括った。

その後、パティ・スミスが登場し、“A Hard Rain’s A-Gonna Fall”の演奏を行った。パティはオーケストラの中で、アコースティック・ギターとペダル・スティール・ギターを従えて演奏を行ったが、最終コーラスではオーケストラが演奏に厚みを与えていく展開となった。2番目の歌詞でパティが詰まってしまうというハプニングもあったが、パティが「ごめんなさい。すごく緊張しています」と詫びると会場から拍手が贈られるという一幕もあった。

なお、パティはボブの授賞決定以前からこの日、演奏を披露するように招待されていて自身の楽曲を演奏するつもりだったのだが、ボブの受賞を知って“A Hard Rain’s A-Gonna Fall”に演目を決めたことを次のようにローリング・ストーン誌に語っている。

「オーケストラと自分の曲をやろうかと思っていたのね。でも、ボブ・ディランが授賞されて、賞を受けると明らかになって、自分の曲は置いといて、ボブの曲を取り上げるのがいいだろうなと思えたの。“A Hard Rain’s A-Gonna Fall”を選んだのは彼の一番美しい曲のひとつだから。言葉の使い方はランボー的な卓越したものがあって、それに人々の苦しみの原因やそれが究極的に引き起こす人々の反発への深い理解が合わさったものになっているのね。

ボブ・ディランについては十代の頃からずっと追っかけてきていて、正確にいうとちょうど50年目になるの。ボブからの影響はものすごく幅広いものになるし、だから、そういう意味ではとてつもなく恩がある人なのね。12月10日にボブ・ディランの曲を歌うことになるとは思っていなかったけど、そうなることになってとても光栄に思うし、遠い存在かもしれないけど、今でもわたしたちを文化的に導いてくれる人であってくれたことを感謝しながらこの使命を果たしたいと思う」

パティの“A Hard Rain’s A-Gonna Fall”はこちらから。
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