ボブ・ディラン@Zepp Divercity

ただただ、至福の時間だった。ボブ・ディラン御歳72による、4年ぶりの来日ツアーがいよいよ開幕である。前回2010年と同じく、全国のZeppクラスのライヴハウスを巡るスケジュールとなっているけれども、前回の計14公演を凌いで実に17公演。うち東京では追加に次ぐ再追加公演も決まって9公演が行われ、そののち札幌2本・名古屋2本・福岡1本・大阪で3本と、約1か月をかけてツアーが進められる。ディラン、元気過ぎである。その初日の模様をレポートしたい。ネタバレになってしまう可能性も考えられるので、今後の日程に参加予定の方は、閲覧にご注意を。ライヴ参加後に読んでいただけると、たいへん嬉しいです。

スチュ・キンボール(G.)がじゃらーん、とアコギを搔き鳴らしながらディラン含め総勢6名のバンド・メンバーが登場し、パンチの効いた哀愁を振り撒きながら早速走り出すナンバーは『エッセンシャル・ボブ・ディラン』収録の“Things Have Changed”だ。選曲としては新作『テンペスト』を中心に『タイム・アウト・オブ・マインド』以降の楽曲が数多く配され、このところのディランは割とかっちりと決められたセットリストでライヴに臨んでいるようなのだが、オリジナル音源とアレンジが違うどころか歌メロも違う、というディラン十八番のパフォーマンスのおかげで、正直言ってこの“Things Have Changed”がいきなり分からなかった。テンポも全然違う。しかし、フォーキーでふくよかなのにすこぶるタイト、というバンドの音像の中で、ハンド・イン・ポケットの姿勢のままスタンド・マイクで嗄れ声を放つディランのカッコ良さといったらない。

で、“She Belongs To Me”が恐ろしくモダナイズされたロック・サウンドで浮上してゆくような視界をもたらし、次第に伸びのあるヴィブラートを放ち始めるディランは、ブルース・ハープも吹き鳴らす。はたまた自らピアノを奏で(実力派バンドの中でどうしても浮いてしまう演奏力ではあるが、そこはご愛嬌)つつ歌う“Beyond Here Lies Nothin’”、メンバーがそれぞれにアドリブのフレーズを残してライヴ感を高めてくれる“Blind Willie Mctell”と、目の放せないパフォーマンスが続く。チャーリー・セクストン(G.)はプレイもルックスもやはりかっこいい。一時期には、デイヴ・マシューズやジェイコブ・ディランらとのプロジェクト=ザ・ノーツ(The Nauts)での活動もあってボブのバンドを離れたりしていたが、今回のツアーにはきっちり参加している。

ディランのピアノが楽しげに弾ける“Duquesne Whistle”からは新作『テンペスト』のナンバーに持ち込み、言葉が迸るような“Pay In Blood”もスリリングだ。この日のディランは、ライヴを進めるにつれてどんどんヴォーカルの調子を上げてゆく凄味を感じさせた。新作曲は割とオリジナル音源に近いアレンジなので安心して楽しめるのだが、本編前半でとりわけ感動的だったのは“Tangled Up In Blue”だ。まるで陽の光の降り注ぐ遊歩道を散歩しつつ、混乱の経験を懐かしんでいるかのようなアレンジで、この曲が披露されてしまうのである。「懐メロ」というポップ・ソングの概念を超越した、ディランの思想がここにあった。“Tangled Up In Blue”は、今や懐かしむべき記憶なのである。それを情景の音楽としてきっちりと描き出し、歩んで来た道程が感動を呼び込むのである。『タイム・アウト・オブ・マインド』以降のディランは、老いも狂った時代もまとめて芳醇かつポップなルーツ・ミュージックのミクスチャーに落とし込み、充実のキャリアを進めてきたけれど、そのモードが旧いナンバーにも反映されている。歌が「今」を告げているのだ。そして『タイム・アウト・オブ・マインド』から“Love Sick”を披露すると、この日唯一のMCとして挨拶を投げ掛け、約20分の休憩へと引き上げてゆくバンドであった。いかにも「仕事きっちり」といった具合で、クール&ドライな印象よりも職人気質のカッコ良さが際立つ。

ライヴ後編は、まず軽やかなカントリーで“High Water (For Charley Patton)”を転がすと、ルーズなブルース・ロックの“Simple Twist Of Fate”へと向かう。スポークンワードと歌メロの綱渡りをもって、逐一名演を完成させてゆくディランである。シカゴ・ブルースど真ん中で届けられる新作曲“Early Roman Kings”だってお手の物。ペダルスティールやバンジョーなどをマルチに弾きこなしていたドニー・ヘロンがヴァイオリンを、またトニー・ガルニエ(Ba)がチェロのようにウッド・ベースのボウイング奏法を持ち込む“Forgetful Heart”ときて、甘いスウィング感の中でどこかおどけるように愛を語る“Spirit On The Water”では、ディランは歌いながら自分で吹き出したりしていた。そんな仕草すらも秀逸な「演奏」に見えてしまうから凄い。そして本編終盤は『テンペスト』曲を畳み掛ける。道程を振り返り、歌で肯定し、“Soon After Midnight”では歌うべき言葉を探りながらハンドマイクでオーディエンスに力強く語りかけるように迫る。そしてクライマックスは、たっぷりと哀しみの詩情を込めた感涙の“Long And Wasted Years”だ。これをラスト・シーンに持ってくるのも、ディラン一流の皮肉だろうか。年配ファンも、まだ20代と思しきファンも、ディランに向き合って来た年月、ディランと過ごす時間が“Long And Wasted Years”であるはずはないのだから。

アンコールに応えると、この日最大級のパワフルなロック・サウンドで“All Along The Watchtower”を繰り出し、大歓声を浴びる。最高だ。そして極め付きに、ヴァイオリン入りの甘美なアレンジで“Blowin’ In The Wind”を披露。『時代は変る』からも『追憶のハイウェイ61』からも『ブロンド・オン・ブロンド』からも『欲望』からも1曲もプレイされない全19曲。あと、そういえばディランは1度もギターを弾かなかった。あり得ない話だがそれでも、至福。そう思わざるを得ない音と歌がある。これが、ボブ・ディランの時間だ。今後の各公演をぜひ、楽しみ尽くして頂きたい。(小池宏和)

セットリスト
M1. Things Have Changed
M2. She Belongs To Me
M3. Beyond Here Lies Nothin’
M4. What Good Am I?
M5. Blind Willie Mctell
M6. Duquesne Whistle
M7. Pay In Blood
M8. Tangled Up In Blue
M9. Love Sick
-Intermission-
M10. High Water (For Charley Patton)
M11. Simple Twist Of Fate
M12. Early Roman Kings
M13. Forgetful Heart
M14. Spirit On The Water
M15. Scarlet Town
M16. Soon After Midnight
M17. Long And Wasted Years
En1. All Along The Watchtower
En2. Blowin’ In The Wind
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