カイリー・ミノーグ @ 幕張メッセ イベントホール

プロモ来日などはあったものの、ライヴ・ツアーとしては実に20年ぶりとなったカイリー・ミノーグ。しかし、今回のパフォーマンスを見届ける中で終始一貫して突き続けられた事実は、「カイリー・ミノーグのキャリア最盛期は、今である」ということであった。とにかく、今後の公演への参加を決めかねているファンは、24日の幕張メッセ2日目及び25日の大阪城ホール共に当日券が出るそうなので、是が非でも今回のショウに触れてみて欲しい。そこで出会うものはベテラン・アーティストによるしなびた同窓会気分のステージなどではなくて、今日最も洗練されたポップ・スペクタルのひとつに違いないからだ。以下、23日のレポートには多少のネタバレを含むので、閲覧の際はどうぞご注意を。

カイリーのステージ本編開始前には、先月キャリア初のソロ・アルバム『VISIONAIR』をリリースしたばかりのVERBALと、豪華絢爛なドレス姿のMADEMOISELLE YULIAによるDJセットが展開され、フロアを温める。イベントホール内はスタンディングのフロアだけでなくスタンドの指定席も用意されていて、クラブ・ミュージック世代の若いファンから長くカイリーのキャリアを支持してきたと思しきファン、そして小さな子供を連れた家族など、極めて幅広い客層となっていることが伺えた。景気の良いMCを絡めつつカイリーのダンス・クラシックなどを交えたDJプレイで援護射撃するVERBAL。そしてオールディーズやワールド・ミュージック、クイーンやニュー・オーダーなどのユニークなマッシュアップを披露したMADEMOISELLE YULIAとバトンが繋がれ、18時を回るといよいよカイリーの登場だ。

ステージの背景に5面設置された巨大なLEDスクリーンに、水中を舞うようにして泳ぐセクシーな男たちが映し出される。そして白とゴールドを基調にした、古代ギリシャの民を思わせる華やかな衣装を身に纏ったダンサー達もステージ上に現れ(衣装デザインはドルチェ&ガッバーナが担当したそうだ)、遂にはステージの高台に巨大な貝に乗ったカイリーが浮上してくる。このいきなりの高揚感に、ホールを揺らすかのような大歓声が沸き上がった。オープニング・ナンバーは最新アルバム『アフロディーテ』のタイトル曲だ。「準備はいいー!?」と張りのある声を浴びせかけ、歌い、ダンサーたちに担ぎ上げられるカイリーは愛と美の女神=アフロディーテそのものだ。

21世紀に入ってから、まさにエレクトロニック・ダンス・ミュージック隆盛の最中にダンスフロア・ディーバのオリジネイターとして支持されてきたカイリー。その10年の復活劇がまさに目の前で繰り広げられる。選曲も“ワウ”や“ゲット・アウタ・マイ・ウェイ”“熱く胸を焦がして”など復活以降のヒット・ナンバーを中心にしたものだ。ただし、幾ら周囲が担ぎ出そうとしたところで、当の本人にその気が無ければ熱狂を生み出すことなど出来ない。ディスコ・ミュージックの歴史の背景にあるゲイ・カルチャーへのリスペクトをたっぷりと盛り込み、その割に安っぽい猥雑さ・下品さとは程遠い肉体と愛情の美しきアートへと自身の表現を昇華させる知的なクオリティ・コントロールがパフォーマンスの隅々にまで行き渡っていた。彼女の知性とバイタリティとの歯車ががっちりと噛み合い、セックス・シンボルと呼ぶにしてもちょっと概念の次元が違うというような存在感を見せつけてゆくのだった。

カイリーは女神として君臨するというよりも、(日本への愛情を高らかに表明しつつ、余りのレスポンスの大きさに思わず頭を下げるなど)愛情と肉体のエネルギーの化身に徹してそれをオーディエンス自らの中に見出させようとしていた。子供連れの家族もいると書いたが、その志高いパフォーマンスは今の日本の子供たちにも積極的に見せてあげたいと思えるものだった。男女のダンサーたちは盾を構えた戦士、或いはアラビアン・ナイト、極彩色のサンバ・カーニバル(男性ダンサー達が立ったまま逆さまに組み合って、相方の尻をボンゴに見立てて叩きまくっているのが可笑しい)と楽曲に合わせて目紛しく風貌を変え、またカイリー自身も黒いフープスカートやゴールドに輝くレオタードと何度も衣装チェンジを挟み込んでみせる。ハイパーなダンス・トラックの数々もさることながら、官能的にして崇高な映像を含む視覚的な表現が実に素晴らしいのだ。

エレクトロ色の強いダンス・トラックと渡り合う力強いボーカルは流石だが、プリファブ・スプラウトのカバーとしてセット・リストに盛り込まれていた“イフ・ユー・ドント・ラヴ・ミー”は、ステージ上の階段にひとり腰掛け、ピアノの演奏に合わせて歌われる。カイリーの歌唱力が際立つ一幕であった。そして、80’sの残り香漂うヘルシーなホット・パンツ姿のカイリーがア・カペラから歌い出すのは、“悪魔に抱かれて”だ。1990年リリースのサード・アルバム『リズム・オブ・ラヴ』は今の彼女のキャリアの中では目立たないかも知れないが、ストック/エイトケン/ウォーターマンが数多くの楽曲を手掛けたファンキーなユーロ・ビート・ポップの好盤。往年のファン(筆者含む)にはたまらない選曲だ。

いよいよのクライマックスでは「あなたたちのために特別に歌うわよジャパン!」と大名曲“ラッキー・ラヴ”を投下する。華やかなシンセ・フレーズに視界一面のスウェイが舞い、「イチ、ニ、サン!」とカイリーの掛け声でシンガロングが広がっていった。その後にこれまたダンス・アンセム“ハンズ・アップ(愛を感じて)”を畳み掛け、息つく暇もない熱狂また熱狂の本編が幕を閉じた。アンコール2曲目の“オール・ザ・ラヴァーズ”では、衝撃的PVを再現するかのような恋人たちによる人柱ピラミッドの上でカイリーが歌い、金色の紙吹雪が舞う。まったく、とんでもないパフォーマンスを観てしまった。

なお、カイリーが本編中に語っていたところによると、なんと近日中にチャリティ・ソングを届けてくれるらしい。これまた嬉しいお土産つきの来日公演となった。来週(ということは3月中ということになるのだろうか)、ユーチューブ上で発表してくれるそうなので、こちらもぜひ楽しみにしていて頂きたい。(小池宏和)
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