天国みたいな場所にいるように見えても、中を覗いてみたらぐちゃぐちゃかもしれない。その事実を知ることで、羨ましく思わなくてもいいようになる(紫 今)
──「天国と地獄」というテーマのコラボ曲だと、どちらかが「天国」「天使」的な表現を担って、もう一方が「地獄」「悪魔」的な表現を担うのかなと思いきや、この曲は“天獄と地極”という表記通り、そういったシンプルなものではなくて。《天国にも地獄はある》《地獄にも天国はある》という発想は、どういう思いのもと出てきたものだったのでしょう。紫 今 このタイトルは一見ネガティブな意味にも捉えられるワードだと思っていて。「結局、天国の中にも地獄があるじゃん」みたいな。でも、そのネガティブな事実を救いに変換する哲学が私の中にはある。そういう生き方をしているんですよ。たとえば隣の芝は青く見えるという言葉があるように、「あの人、幸せそうだな」と思っても、その人にしかわからない苦しみとかが絶対にあって。天国みたいな場所にいるように見えても、中を覗いてみたらぐちゃぐちゃかもしれない。その事実を知ることで、そんなに羨ましく思わなくてもいいかもしれないっていう、自分を救うためのひとつの考え方を持っています。そういう考えができるようになるまで、自分の人生の中でいろんなことがあって、ただ人を羨んでいた時もあったんです。でもそれに気づいたことで、天国にいるように見える人の地獄に気づける人間になれたし、地獄にいると思い込んでいる自分の中にも絶対に天国は存在するということにも気づけるようになりました。“天獄と地極”っていう、漢字が入れ替わっている曲名の中に、人が生きていく中ですごく重要な視点や考え方が含まれているなって思ったんですよ。
yowa 《どうせ幸福の果てまでも/不幸は付き纏うものだから》が好きですね。
──この曲の核を表しているようなパートですよね。紫 今 本質ですね。“フラットライン”でも《落ちて 落ちて 落ちて/隠しSTAGEへ登ろう》って言ってるけど、最終的に開き直るのも紫 今イズムなんですよ。幸福を突き詰めちゃうと失うのが怖くなっていくだけだから、だったら「どこまで行っても地獄じゃん」って言ってるくらいのほうが幸せに気づけるし、感謝できるし、いいんじゃないかなっていう私のイズムが入っています。
──そうやって自分の哲学の根っこを表現したいと思った時にyowaさんを呼んだというのも、信頼の証ですよね。自分の大事な部分を表現する時に呼びたいと思えるのって、歌の表現力も人間性的にも、本当に信頼できる人だけじゃないですか。紫 今 確かに。自分の芯に触れている歌詞だから、自分が壁を作っちゃっているような人だと無理だったかもしれないです。こういうことを話せる相手だから別に今さら恥ずかしくもないし、音楽を通して触れられても何も思わないっていう、その状況があったからこそできました。
yowa 嬉しい。正直に生きていてよかったです。
──yowaさんと歌うからこそ書いた歌詞というのは、今さんの中でどのあたりなんですか?紫 今 AOiくんと曲を作れなかったからこそAOiくんが書かなさそうなものにしようと思って、ふたりでたまに話すような女性ならではの視点の苦しさや孤独、寂しさを書きたいと思いました。yowaにゃんは、悲しさや寂しさの感情表現が得意なボーカリストだと思っていて。だから、男として生きている人にはあまりないかもしれない感情の種類──女の人の強さであり弱さでありダークさみたいな、ふたりで共感してきたものを全力で出してみようって思いました。ライブで歌った時、中性的な歌詞にするよりも思いっきり赤裸々に女の人視点でやったほうが、自分の感情が引き出されてより怪物みたいな曲になるんじゃないかなとも思ったので、だから一人称も「僕」とかじゃなくて「私」の歌詞にしました。CLAN QUEENでは開かないようなyowaにゃんの扉を開けつつ、私も自分の扉を開けるような曲にしましたね。
倉橋ヨエコ(現・ヨエコ)さんという、女性ならではのドロドロを書く方の曲に感化されたのもあって、よりそういう感じになったというのもあるかもしれないです。
yowa AOiの曲を歌う時は男性的なイメージで歌っていて、あまり女らしさを出さないような歌い方をするけど、この曲はすごく女だなと思ったから、女性らしい歌い方をしましたね。
──いちばん女性性が出ているなと思うパートは?紫 今 yowaにゃんパートの《弱いフリなんて出来ないの/そんな“弱さ”に誰か気づいて》。しかも「弱(い)」という歌詞が入っているところを「yowa」に歌ってもらうっていう。
──なるほど、そういう被りも施されているのか! 私が感じていたことを言うと、少し前までは「ガールクラッシュ」的な強い女像が同性のロールモデルとして社会の中にあったけど、最近は「弱くはないんだけど強いわけでもない」くらいの女性像がリアルなものとしてポップカルチャーで表現されるようになった気がしていて。そういう時代性も突いているなと思いました。yowa 完璧に強い女よりも、強くもいけるけど弱いフリもできる女の子っていちばん魅力的じゃないですか。
紫 今 やっぱり脆さですよ。脆さがあるからこその強さ。この歌詞をふたりで大迫力で歌うのがいいなって思います。ただ、女子ふたりのデュエットソングをどういう視点のものにしようかなと考えた時に、男女問わず苦しんでいるすべての人に怒り叫びながら寄り添うものにしたいなとも思ったんですよ。だから最初の《「助けて」なんて直ぐに言えたら/最初からこんなことには成ってないね》とか、男性も共感できるように意識して書きました。強くなりきれないこととか、「助けて」って言えなくて適応障害になってしまうこととか、男性にもあるじゃないですか。演奏はドラム、ベース、ギター、全員男性が弾いてくれているので男性的な部分があって、そのバランス感もよかったですね。
ボカロっぽく歌うようなフラットな音楽表現もできるCLAN QUEENと紫 今が、感情を爆発させた生々しい曲を今出すのがいいなって。時代に反しているものを、新世代アーティストとして出すっていう(紫 今)
──本当に、時代のボーカリストふたりならではの歌になりましたね。紫 今 こういうものができて嬉しいですね。この世代って、フラットな音楽を世に放つアーティストが多いというか、そこまで生々しいものや喜怒哀楽がバーンと出ている曲って広まりづらいし流行りと違うというのもあって、今あんまりないと思うんです。そこでCLAN QUEENと紫 今っていう、ボカロっぽく歌うようなフラットな音楽表現もできるけど、感情の爆発みたいな生々しいものもできるアーティストのコラボで、これを今出すのがいいなって。時代に反しているものを、新世代アーティストとして出すっていう。
──人間の感情が重たく乗っているような曲は今なかなか聴かれづらい、ということを前の取材でも話してくれていましたよね。そういう時代にこのふたりが、人間的と無機質的の両方の歌唱表現ができるスキルを使って感情を爆発させた歌をぶつけることで、時代をひっくり返してほしいなとも思います。紫 今 その気持ちで作りました。yowaにゃんがいたからここまで熱くできたというのもあって。Aメロとかはオシャレで聴きやすいというか、ジャズテイストの要素もあったり、ピアノとかでスカしているニュアンスもあるんですけど、サビは熱くて。私ひとりだったら熱くなりすぎるところも、yowaにゃんが歌えば今っぽくなるだろうと思いながらアレンジやレコーディングをやったところもあります。yowaにゃんはボカロ、歌い手の歴史がある人で、しかも特徴的な高い声なので、ちゃんとオシャレになるだろう、熱くなりすぎないだろう、生々しくなりすぎないだろう、という信頼のもと作れました。yowaにゃんが歌うと、普段生々しいものをあまり聴かない人も聴ける範囲のものになるというか。生々しいものを普段聴かない人に生々しさを届ける、いい架け橋みたいな存在になっていると私は思っています。
──今、yowaさんというボーカリストがなぜこの時代に愛されているのかを見事に言語化してくれましたね。yowa 嬉しいですね。めっちゃ分析してくれる(笑)。
──マイさんが監督したミュージックビデオの撮影現場は、どうでした?紫 今 マイちゃん、かっこよかった! 普段とのギャップがあって、さらに好きになっちゃいました。結果的に女子たちで作った作品になったので、女の人たちで作った花園感みたいなところも気に入ってます。
yowa 撮影のスタッフさんも女子が多かったもんね。ふたりの掛け合いのアップとか、これまでの今ちゃんのMVでは見られなかった姿が見られるんじゃないかなと思います。
紫 今 マイちゃんと話し合った設定としては、私が天国側にいて衣装は白で、yowaにゃんが地獄側にいて衣装は黒なんですけど、声質は真逆っていうのがこの曲を表しているなって。映像と音から聞こえる情報のミスマッチ感が、まさに“天獄と地極”だなって思います。MV込みで、“天獄と地極”という面白い作品ができあがりました。
──いつかこの曲をライブで聴ける日を楽しみにしていますね。紫 今 これ、私、化け物になっちゃうよ。
yowa 化け物になると思う。今ちゃんを喰うくらいの気持ちで行きますよ。
紫 今 遠慮せずに行ける関係値なので、すごく楽しみですね。
紫 今 ライブの様子(Photo by 郡元菜摘)