これはびっくり。素晴らしいアルバムじゃないですか。もちろんキャリアも実力もある人たちだから、必ず平均点以上の作品を作ることはわかりきっている。だがこれほどまでに美しく、フレッシュで、冒険的で、しかも王道でもあり、静と動、光と影、抑制とエモーションのバランスが完璧で、そのうえアレンジの完成度も高い作品を作り上げてくるとはまったく思わなかった。いやはや恐れ入りました。
再結成第1弾となった『ウェザー・ダイアリーズ』は、21年ぶりの新作ということで、たぶんに安全運転というか、ライドというバンドに何が求められているのか慎重に見極めて作られた、という印象がある。つまり轟音シューゲイザー・バンドというパブリック・イメージを裏切らない作りだ。だがそこで取り戻した現役感覚と現場感覚が、彼らを一歩も二歩も前に進ませたのだ。つまり彼らはライドというバンドを、往年のファンのノスタルジーのための慰みものにするつもりは一切なかったということだ。
前作に続きエロル・アルカンがプロデュース、アラン・モウルダーがミックスを担当。ロックとダンス、エレクトロまで自在に横断していくベテラン2人の職人ワザがここでも炸裂しているが、今作の勝因の第一は、とにかく曲がよく出来ていること。彼ららしい王道シューゲイズ・ノイズ、クリーン・トーンのギターが切ないアルペジオを奏でるギター・ポップ、グルーヴィーなインディ・ダンス・トラック、アメリカン・オルタナに通じるざっくりしたギター・ロック、初期ザ・キュアーみたいなネオ・サイケ・ポップ、アコースティック・ギターによるビートルズを思わせるバラードなど、曲調はバラエティに富み、アルバムに起伏のある流れを作っている。アレンジも時に大胆、時にシンプル、時にゴージャスで、しかもそれらの曲はしっかりとライドらしい囁くようなボーカルによる甘美なメロディに彩られている。多彩なサウンドであっても歌という中心がしっかり機能しており、それがファンの期待を裏切らない瑞々しさをたたえているのだ。
ライドといえば、ある種の青春性とイノセンスの象徴のようなバンドだった。若い頃は少々弱々しく頼りなくも思えたマーク・ガードナーのボーカルは、ある種の青さや繊細さのようなものを残しながらも、成熟した骨格の大人の歌になり、表現力も格段に増している。
あまりに若くして成功し、そして挫折した彼らは、50歳を前にして、ようやくアーティストとして完成の域に達したと感じる。 (小野島大)
各視聴リンクはこちら。
ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』9月号に掲載中です。
ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。