日経ライブレポート 「ビヨンセ」

ビヨンセは筋肉だ。2時間を超える圧倒的なエンターテイメント・ショーを観た僕の感想はそれだった。音楽評論家のくせに、何を見たままの事を書いているのだ、と言われそうだが、あの素晴らしいパフォーマンスを支えているのは鍛え上げられた筋肉以外の何者でもない。ダンサーは無論のこと、全員女性で構成されたバンド・メンバーも見事に鍛えられた肉体から鋼鉄のようなビートを叩き出す。

筋肉とは何か、それは努力である。いくら才能があっても、訓練し努力しなければ筋肉は付かない。そこをサボってしまったらビヨンセの考えるエンターテインメントは成立しないのである。ヒット・シングル“シングル・レディース”の話題となったアクロバティックなダンスも、まさに肉体能力の限界に挑戦したものだった。しかもそれは、単にアクロバティックな動きを曲芸のように見せるのではなく、エンターテイメントとして今まで見た事のない楽しさを提供する斬新なものだった。今回のステージでは、ユー・チューブなどにアップされた全世界の“シングル・レディース”の物真似が映像で紹介され、オバマ大統領まで登場していた。真似してみたい、でも絶対にビヨンセにはなれない、そんな面白さだ。

エンターテイメントは筋肉である、という事を理解しているもう一人のアーテイストがいる。それはマドンナだ。2人にとって人を楽しませる事は努力と訓練に裏付けられたストイックな行為なのである。ビヨンセのライヴは、最後にツアー・タイトルの“アイ・アム”という言葉に、ユアーズという言葉がついて終わる。つまり貴方の物になる為の努力の結果、それが筋肉なのである。

10月18日 さいたまスーパーアリーナ
(2009年10月27日 日本経済新聞夕刊掲載)
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