日経ライブレポート「サム・スミス」

サム・スミスの声は“悲しい”と思った。そして、その“悲しみ”こそが彼の歌の最大の魅力なのだとも思った。

たった1枚のアルバム「イン・ザ・ロンリー・アワー」しか発表していない、弱冠23歳の新人アーティストである。しかし、そのたった1枚のアルバムによって彼は世界のトップに立ってしまった。全世界で900万枚を超える天文学的なセールスを記録し、グラミー賞の主要3部門を含む4部門を受賞という新人としては前例のない快挙を成しとげてしまった。デビュー・アルバム1枚でここまでのものを手にしたアーティストはあまりいない。

前回の来日が病気のため中止になったので、まさに待望のステージであった。小さなライヴ・ハウスのショーケース公演はあったけれど、本格的なフル・セットのショーは日本初。1曲ごとに起きる歓声の大きさからファンがどれだけこのステージを待っていたか、想いが伝わって来る。

特別な演出もなく、ただ彼の歌を聞かせるシンプルな構成だが、彼は歌の力で1万人の聴衆を魅了してしまった。甘く透明で伸びやかな歌声は、レディー・ガガが「天使の歌声」と言ったとおりのものだ。そして、その歌声の喚起する最も強い感情は“悲しさ”だと、このステージを観て改めて思った。実際に失恋や傷心をテーマにした曲が多いが、それだけでなく、彼の声そのものに、聴く者に“悲しさ”の感情を起動させる力がある。ポップ・ミュージックの最大の武器は“悲しさ”と“切なさ”だ。彼の成功は多くの人にその事を再確認させたのではないか。同じ英国人歌手、アデルの成功にも僕は同じことを感じる。

11月24日、国立代々木競技場第一体育館。
(2015年12月16日 日本経済新聞夕刊掲載)
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