ジャック・ホワイトの新譜『ノー・ネーム』が心底素晴らしい。2022年に連続リリースされた『フィアー・オブ・ザ・ドーン』と『エンタリング・ヘヴン・アライヴ』は、そのキャリアにおいて自らに課す重い制約に絶対的に従うことによりその反動をバネにして次々と新しいロックの地平を切り拓いてきた彼が、初めて制約無しに創作することで得た膨大な質量と感情の爆発をパッケージングした連作であった。しかし、全ての制約を無くしたようでいて、唯一にして最大の禁がまだ残っていたことに、他ならぬジャック・ホワイトだけが気付いていたのだ。
本作は7月19日、彼が経営するサード・マン・レコーズ直営店で買い物をした客の袋に作家名が伏せられ「No Name」とのみ印字されたアナログ盤を密かに入れるというゲリラ的な手法で世に放たれた。当然SNS上で騒ぎを呼ぶわけだが、それにしても買った覚えのないレコードを再生してみたらこの鮮烈なロックサウンドが鳴り響いたときの驚きと興奮は果たして如何ほどのものだっただろうか。8月2日に配信された本作を聴いた際にも、相当気構えて臨んだにもかかわらず、雷に打たれたような衝撃に身体の芯から痺れてしまった。畳みかけられるリフ。軽やかに走るビート。瞬間的に沸点に達するシャウト。そう、これは紛れもなくザ・ホワイト・ストライプス、それも『ホワイト・ブラッド・セルズ』以前のより純度の高いガレージパンクが容赦無しに鳴らされているのだ。ジャック・ホワイトが今ホワイト・ストライプス時代のロックをやること、誰も想像しなかったそれこそが彼の内に残る制約だったのである。
なぜ想像しなかったのか。それはもちろん、メグ・ホワイトがいないからである。メグ・ホワイトがいないのにホワイト・ストライプスができるのか。言うまでもなく、メグ・ホワイトがいなければホワイト・ストライプスではない。しかし、メグ・ホワイトがいない中でジャック・ホワイトがホワイト・ストライプスをやったからこそ、この『ノー・ネーム』が爆誕したという事実がある。矛盾を超えた先で結実した、「名前を付けられない」金字塔だ。(長瀬昇)
ジャック・ホワイトの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』10月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。
Instagramはじめました!フォロー&いいね、お待ちしております。