YOASOBIの名が挙がるだろう。2019年10月に、「小説を音楽にする」というコンセプトのもと、Ayaseとikuraによりユニットが結成され、同年11月に“夜に駆ける”のMVが公開されると徐々にその楽曲と歌声が話題を呼び、その後も“あの夢をなぞって”、“ハルジオン”とリリースする楽曲ごとに多様な音楽性で物語の世界を表現しながら多くのリスナーを魅了していった。
“夜に駆ける”は、YOASOBIの1stデジタルシングルであり、「小説を音楽にする」というユニットのコンセプトを最大限に衆知させるための楽曲でもあった。「小説を音楽にする」と聞くと、まず頭に思い浮かぶのは、物語を劇伴的に盛り上げる音楽であったり、その物語のクライマックスやエンディングに寄り添うように流れる主題歌のイメージ。YOASOBIが最初に紡ぎ上げた“夜に駆ける”にも、そうした要素はもちろんある。実際、楽曲を聴いてから小説を再び読む時に、文字を追いながら頭に流れるのは間違いなく“夜に駆ける”の疾走感のあるピアノのフレーズであり、止めることのできない川の流れのような歌のメロディだ。しかしその楽曲は、原作小説『タナトスの誘惑』(星野舞夜 著)が描く、自死をテーマにした、ある種ダークな物語に単に添えられたもの、盛り上げるためのものではなく、物語に新たな解釈やもうひとつの視点を生み出すかのように作られていて、まずその立体的な構造に驚いた。そして何より、その歌声と楽曲の完成度にも。
昨今のJ-POPシーンを見ていて思うのは、1年どころか、2年、3年と年をまたぎながらロングヒットを続ける楽曲が増えてきたということ。サブスク時代のひとつの特徴だと言うこともできるが、瞬間的に消費するだけではない、長く愛することのできる良曲をリスナーが求めていることの証だとも思う。確かにTikTokなどでのバズは瞬間最大風速的な側面もあるが、その後、多くの人に愛される楽曲として根付くためには、やはり楽曲そのものの良さ、強さが不可欠だ。YOASOBIの“夜に駆ける”はそういう意味においても、最高に強度の高い楽曲だった。
また、2020年はコロナ禍で、リスナーがいつにも増して楽曲にじっくりと向き合ったり、その音世界に浸る時間が増えた年でもあり、言ってみればリスナーの感性がより敏感になった年であるとも言える。そんなポップシーンにおいて“夜に駆ける”が多くの支持を得たのは、YOASOBIの妥協のないプロダクトがあるからこそだったのだろう。
YOASOBIというユニットは、MVにしても物語の世界観を楽曲とともに膨らませるようなアニメーション作品がメインであるがゆえに、Ayaseとikuraのアーティストとしての特性は、まだまだ十分には知れ渡っているとは言えないだろう。「小説を音楽にする」というコンセプトがある種の匿名性を生んでいることも事実だが、そんなYOASOBIに、第2フェーズへと移行する進化の気配を感じているこの頃だ。9月に配信リリースされた“群青”では、原作小説には描かれていない、Ayase自身から湧き出てきたようなメッセージとも受け取れる言葉が歌詞に綴られていたり、ikuraの歌声も物語の主人公を意識したものでありながら、本人の思いが滲むようなエモーショナルさを感じる部分が増えてきた。それがさらに楽曲に奥行きを生む。
そもそも、ボカロPとして、優れたメロディメイカーとして高く評価されているAyaseと、シンガーソングライターとしてフォーキーで有機的な魅力を持つ楽曲を発信する幾田りら=ikuraという、申し分のないポテンシャルを持つふたりから成るユニットだ。だからこそ妥協のない良曲を生み出すことができているのだが、2021年はYOASOBIというユニットのみならず、Ayaseとikura、この優れたふたりのアーティストの存在を、リスナーがより意識する年になりそうだ。
Ayase自身も、12月28日(月)発売の『ROCKIN’ON JAPAN』2021年2月号で、「今はまず曲──たとえば“夜に駆ける”なんかは、『楽曲がいい』って言ってもらえることが多いですけど、そこからさらに『YOASOBIの楽曲がいい』って思ってもらいたいし、その先には『AyaseとikuraがやっているYOASOBIというユニットの楽曲がいい』っていうふうに、どんどん僕たちの奥の部分も知っていってほしいなと思う」と語っている。この言葉の通り、これからYOASOBIの楽曲がどんな進化(深化)を見せてくれるのか、とても楽しみだ。
この『ROCKIN’ON JAPAN』でのロングインタビューでは、初のフィジカル作品となる1月6日(水)リリースのEP『THE BOOK』についても、Ayaseとikuraに全曲解説をしてもらっている。“群青”や最新シングル“ハルカ”、そして新曲“アンコール”についてもじっくり語られていて、そこで語られる言葉からも「その先」のYOASOBIをひしひしと予感することができた。おそらく今リスナーが触れているのは、まだまだYOASOBIの魅力のごく一部。これから先、さらにふたりのアーティストとしてのエゴがいい意味で楽曲に滲み出てくるようになれば、そこにはまた熱い化学反応が生まれ、さらなる名曲が生まれてくることだろう。(杉浦美恵)
2020年の日本のポップシーンに新しい風を吹き込んだアーティストといえば、きっとまずYOASOBIが“夜に駆ける”から次々に起こしていった2020年におけるポップ革命とは何だったのか――そしてAyase、ikuraのこれからとは?
2020.12.28 18:00