あけましておめでとうございます!
昨年末から毎日ご紹介している、ロッキング・オンが選んだ2020年の「年間ベスト・アルバム」。年を越してのベスト10発表が続きます。
年間1位に輝いた作品はこちら!
ご興味のある方は、ぜひ本誌もどうぞ。
【No.1】
『仮定形に関する注釈』/The 1975
激動の2020年、答えはないと認めて生きること
全22曲、トータル81分という圧倒的なボリュームを誇る『仮定形に関する注釈』は、前作『ネット上の人間関係についての簡単な調査』と連作の体裁を持つアルバムでもある。だから本作を「コンセプト・アルバム」と称するのは間違いではないし、フォーマット的な条件は全てクリアしていると言っていい。が、実際のところ、本作は聴けば聴くほどコンセプト・アルバムとは程遠いアルバムだ。多くのコンセプト・アルバムと同様に、The 1975は長大な時間と労力を費やした。にも拘らず本作には重厚な世界観も、アルバムを通底する明確なテーマも存在しない。全く異なるデザインと色彩を持つ22個のピースが散らばった本作は、まるで永遠に完成しないジクソーパズルのようでもある。しかし、だからこそ『仮定形に関する注釈』は並外れた一作になったのではないか。アルバムの輪郭を喪失した本作の有様そのものが、2020年のロック・バンドの自画像の傑作たらしめているからだ。
本作のサウンドの多様性、というか一ヶ所に3分以上留まってなんていられないと言わんばかりの移り気な足取りは、過去の3作と比較しても群を抜いている。1stを彷彿させる煌びやかな80sシンセ・ポップに2nd由来のアンビエントやエレクトロニカ、前作の流れを組むR&Bやベース・ミュージックなど、彼らのキャリアを全部盛りした作品なので当然だが、加えてアメリカーナにフォーク、UKガラージやレイヴ、さらにはドライヴ・ライク・アイ・ドゥ時代を急にセルフ懐古したくなったマシュー・ヒーリーの気分が炸裂したエモやパンク、ジャングリーなインディ・ギターまで乗っかってくる。“ピープル”や“ミー・アンド・ユー・トゥギャザー・ソング”などでは過去3作にあったロックに対するニヒルな批評性は封印され、それらもまたThe 1975を形成する重要なピースのひとつとして再評価されている。マシューは本作を「誠実なアルバム」だと評していた。確かに際限なくスプロールしていくカオスなアルバムの全体像とは裏腹に、楽曲単位での彼らは一切ブレていないし、1曲ごとに明瞭なプランを持って真摯に臨んだことがうかがえる。でもThe 1975は、その誠実な表現を積み重ねた先に何があるのか、その答えを未だに見つけられないでいる。
歌詞もそうだ。冒頭のお約束フレーズを取り下げてまでコラボを熱望したグレタ・トゥーンベリと共に社会正義を掲げ(“The 1975”)、若者たちの闘いに熱く共鳴しながらも(“ピープル”)、実は自分の足元すら覚束ずにぽっかり空いた自我の空洞に怯えている(“フレイル・ステート・オブ・マインド”)。ピュアに青春を歌い上げたかと思えば(“ミー・アンド・ユー〜”)、いい歳してブッ壊れたままの自分を嗤い(“ザ・バースデー・パーティー”)、一方では性的マイノリティのフラジャイルな内省を丁寧に紡ぎ出してみせる(“ジーザス・クライスト2005〜”)。見事に分裂しているが、マシューはペルソナを作為的に演じ分けているわけではない。その全てが混乱した男のあるがままの姿の乱反射だ。そう、彼らは本作で答えを見つけられなかったのではなく、唯一の答えなんてないという答えを見出している。不確かな時代の不確かな個人をこれほど「確かに」捉えたアルバムは滅多にないし、その重要な意義をロック・バンドのナラティブが再び担うことができるとは、思いもしなかった。「バンドを始めた瞬間こそが人生で最高の出来事だった」と歌う“ガイズ”でアルバムが締めくくられるのも感動的だ。ただひとつ、確かなものとしてのThe 1975。それさえあれば、生きていけるのだ。(粉川しの)
「年間ベスト・アルバム50」特集の記事は現在発売中の『ロッキング・オン』1月号に掲載中です。
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