この点を踏まえて澁谷逆太郎の作品に向き合うと、興味深いことがいくつか見えてくる。まず、サウンド面に関しては、SUPER BEAVERとは異なるアプローチが積極的に追求されていくことになるのだろう。既にリリースされている“sakayume”の楽曲制作にはMOP of HEADのGeorgeが参加していて、打ち込みトラックのアンニュイな空間の中で響き渡っている歌声は、バンドでの渋谷龍太のものとは趣がかなり違う。SUPER BEAVERの楽曲の大半は柳沢亮太(G)が作詞作曲を手掛けているので、作風に大きな違いが生まれるのは至極当然ではあるが、バンドサウンドとはまた別のアプローチを導入することによって、新しい表現を積極的に探究している様が窺える。そして、歌詞に関しても目を引く点がある。柳沢によるSUPER BEAVERの楽曲の歌詞は生き方や人生観が明確に反映されていて、リスナーの心を鼓舞する「メッセージソング」として迫ってくることが多いが、“sakayume”の歌詞が我々にイメージさせてくれるものの中心にあるのは、端的に言い表すならば「物語」だ。戻ることのできない過去、後悔と胸の痛みが募るばかりの日々、いつの間にか離れていく心……複雑な心情と非情な現実に向き合いながら、出口が決して見つからない自問自答をひたすら繰り返している人物の姿が“sakayume”に耳を傾けるとありありと浮かぶ。以前から小説を執筆していて、読書家でもある渋谷は、澁谷逆太郎としての創作活動を通じて、独自の作風をさらに開花させていくことになるのではないだろうか。Supremeとのコラボレーションが話題となったオートモアイによるアートワーク、X-girlなどのブランドの映像制作を手掛けるkohによるミュージックビデオなど、ビジュアル面についても以前からの交友関係を反映したものが既に展開されている。澁谷逆太郎の作品リリースは、まだ始まったばかりであり、今後に関してはおそらく本人にとっても未知数のところがたくさんあるのだと思う。しかし、ソロとしての新しい表現の探求が、何らかの形でSUPER BEAVERに反映されていくのは間違いないだろう。今後の活動も非常に楽しみだ。(田中大)
「SUPER BEAVER・渋谷龍太」と「澁谷逆太郎」の2人が存在し、歌うことの意味とは?
2020.02.25 13:00
この点を踏まえて澁谷逆太郎の作品に向き合うと、興味深いことがいくつか見えてくる。まず、サウンド面に関しては、SUPER BEAVERとは異なるアプローチが積極的に追求されていくことになるのだろう。既にリリースされている“sakayume”の楽曲制作にはMOP of HEADのGeorgeが参加していて、打ち込みトラックのアンニュイな空間の中で響き渡っている歌声は、バンドでの渋谷龍太のものとは趣がかなり違う。SUPER BEAVERの楽曲の大半は柳沢亮太(G)が作詞作曲を手掛けているので、作風に大きな違いが生まれるのは至極当然ではあるが、バンドサウンドとはまた別のアプローチを導入することによって、新しい表現を積極的に探究している様が窺える。そして、歌詞に関しても目を引く点がある。柳沢によるSUPER BEAVERの楽曲の歌詞は生き方や人生観が明確に反映されていて、リスナーの心を鼓舞する「メッセージソング」として迫ってくることが多いが、“sakayume”の歌詞が我々にイメージさせてくれるものの中心にあるのは、端的に言い表すならば「物語」だ。戻ることのできない過去、後悔と胸の痛みが募るばかりの日々、いつの間にか離れていく心……複雑な心情と非情な現実に向き合いながら、出口が決して見つからない自問自答をひたすら繰り返している人物の姿が“sakayume”に耳を傾けるとありありと浮かぶ。以前から小説を執筆していて、読書家でもある渋谷は、澁谷逆太郎としての創作活動を通じて、独自の作風をさらに開花させていくことになるのではないだろうか。Supremeとのコラボレーションが話題となったオートモアイによるアートワーク、X-girlなどのブランドの映像制作を手掛けるkohによるミュージックビデオなど、ビジュアル面についても以前からの交友関係を反映したものが既に展開されている。澁谷逆太郎の作品リリースは、まだ始まったばかりであり、今後に関してはおそらく本人にとっても未知数のところがたくさんあるのだと思う。しかし、ソロとしての新しい表現の探求が、何らかの形でSUPER BEAVERに反映されていくのは間違いないだろう。今後の活動も非常に楽しみだ。(田中大)