なぜ今、吉澤嘉代子の歌う女性に共感するのか?

なぜ今、吉澤嘉代子の歌う女性に共感するのか?
人は興味関心のあるものや好きな人を見る時に、瞳孔が大きく開く性質を持っているらしい。「目は口ほどに物を言う」ということわざは何かの例えではなく、ちゃんと根拠がある人間の真理なのだ。

吉澤嘉代子の新曲“女優”に出てくる《瞳に宿った微かな光》という歌詞は、そんな特別な眼差しを彷彿させる。好きな人のそばに居たいがために、本当の感情を隠して自分を演じてしまう切なさ、相手を責めることすら出来ず《貴方に掛かった悪い魔法をといてあげる》という「台詞」を吐くことのやるせなさ、でも「貴方」を見るこの瞳が放つ輝きだけは誤魔化しようがない――そんな女性の複雑な心境が描かれている。


同曲が収録されている4作目のニューアルバム『女優姉妹』は、ずばり「女性」がテーマの作品だ。“女優”のほかにも、秘密の時間を過ごす女学生たち、宇宙戦士になって戦うOL、好きな人を取り合う女子2人組、朝帰りをする女の子など、楽曲に登場するそれぞれの主人公の性(せい)と性(さが)が浮かび上がってくるような作品に仕上がっている。そしてこのアルバムは、アーティスト・吉澤嘉代子の表現が今までにない新たなフェーズへと突入したことを決定づける重要な1枚でもあるのだ。

吉澤が今まで発表してきたアルバムはどれもコンセプチュアルな作品となっており、1stアルバム『箒星図鑑』は「少女時代」、2ndアルバム『東京絶景』は「日常」、前作『屋根裏獣』は「妄想世界の物語」といったテーマに沿った楽曲が収められている。その徹底した世界観はライブステージにも反映され、時には寸劇などを交えながらストーリー仕立てのライブが繰り広げられてきた。アルバムにしてもライブにしても、彼女の表現の根底にはいつも「1人の少女の姿」があることは、ファンならば知っていることだろう。それは幼少期に「魔女修行」や「物語の世界」に没頭し、部屋の壁を目の前に「ライブごっこ」をして遊んでいた吉澤自身の過去の姿だ。部屋の中でひたすら物語の世界に逃げていた少女は、妄想という手段を使っていろんな姿に変身することが出来た。吉澤嘉代子というアーティストを語るときに「魔女」や「妄想系」といったワードが使われてきたのはそのせいでもあったと思う。

芸術家にとって作品のインスピレーションとなる女性を「ミューズ」と呼ぶことがあるが、今までの吉澤にとってのミューズは間違いなく少女時代の自分自身だったはずだ。しかし、ドラマ主題歌や化粧品CMに楽曲を書き下ろすなどのタイアップを経てTVでの露出も増えていく中で、彼女にとってのミューズは吉澤嘉代子の曲が流れるこの世界に生きている「全ての女性たち」へと変わっていった。この変化こそがより広い層の女性からの共感を獲得し、今改めて吉澤への注目度が高まるきっかけにもなったのだろう。そう考えると、最近公開されたMVやジャケットに吉澤が登場しなくなったのも意味があることに感じるし、今年6月に2日間にわたって開催されたスペシャルコンサート「吉澤嘉代子の発表会」は、実際に少女時代の自分と一旦決別をする儀式のようなものだったのかもしれない。

しかし今作で「1人の少女の姿」が全く見えなくなってしまったわけではなく、昇華させることで世の中の女性たちと繋がり、彼女の表現の新機軸が生まれたということだ。もちろん吉澤の作品の大きな魅力である「物語性」という部分は変わらず、むしろ今まで以上に輝きを増していて、1曲聴くごとに短編小説を読んだ後のような余韻を感じることが出来る。吉澤嘉代子はこれからまだまだ進化していく、そんな嬉しい予感に溢れた傑作がついに誕生してしまった。(渡邉満理奈)

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