昨年11月に『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』の25周年記念盤をリリースしたR.E.M.。1980年の結成から2011年まで、31年にわたり活動を行ったバンドだが、マイケル・スタイプが「The Guardian」の企画にて自ら新旧8曲を選曲し、それぞれの楽曲についてのコメントを行っている。
本記事では、そんなコメントの中から印象的な発言やエピソードを抽出し紹介していきたい。
なお、この企画は『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』の25周年を記念したものであるにも関わらず、同作の楽曲は1曲も選ばれていない。「The Guardian」ではそんなマイケルの姿勢を「特別で唯一無二、予想できないスタイプらしさ」と評している。
“World Leader Pretend”- 1988年『グリーン』
歌詞を印刷することが滅多になかったというR.E.M.が、作品に歌詞カードを付けるようになったきっかけとなった曲。歌詞がなかった当時は、英文も含め歌詞が読めるのは日本盤のみということも多かったとか。
私が初めて自信を持てた曲で、おかげでジャケットに歌詞まで印刷することになって、みんなには音を聴く前に歌詞を読ませることになったんだよ。
その後、この曲で自分がレナード・コーエンを意識してたんだと分かったんだ。歌詞の書き方において、レナード・コーエンくらいの機知を利かせようと考えてたんだよ。
また、1980年に結成されてからこの曲が形になるまで「8年間ずっとこの歌詞を書き直し続けていたと言ってもいいんだ」と語るマイケルは、バンドを始めた当初「ベーシストというのが低音部を弾いているということさえ、セカンドを制作する時まで知らなかったんだ。私は音楽や、音楽の作り方についてはそれくらい無知だったんだよ」とも明かしている。
“Country Feedback”- 1991年『アウト・オブ・タイム』
リリース当時悪癖に流されがちだったというスタイプが「いつもぐらぐらしてて心許なかった私にとって、自信の免許皆伝となった曲」と表現する1曲。
当時の状況についてスタイプは、「感傷に流されてしまっていたんだ。今となってはもう、逃げ出したくなるような記憶。安直で、お涙頂戴的で、まごころを気取ってるようなものが本当に嫌なんだ」と説明する。
そして、この時期5年にわたってツアーから遠ざかっていたことについては次のように振り返っている。
それまでに10年分ともいえるツアーをやったからね。憔悴しきっていて、眼球にまでアドレナリンが充満してる状態で、線路のレールくらいに痩せ細ってたからね。1989年に、私たちは世界を3周したんだよ。あのツアーの頃の髪型は、当時の私の精神状態をよく表している。80年代における最悪な髪型の4種類が一つになったものだよ。
“Strange Currencies”- 1994年『モンスター』
これは、私たち流のロック・ミュージックだ。ちょうどU2が『アクトン・ベイビー』を出して、シアトリカルな形で自分を打ち出すという、そういう風潮があったんだ。グランジも勃発していたから、すごく自由な気風もあった。
だから私たちはそのどれともまったく違うものを目指して、サーカス的な、度を超えたことをやろうとしたんだ。基本的に、グラム・ロックだったんだよね。当時、私は考えさせられたんだよ。「これだけ色んなことが起きてて、私たちは今どういう存在なんだろう? ガラッと風景が変わっちゃったけど、はたしてどこに立っているんだろう?」 ってね。
また、アンディ・ウォーホルに「ポップ・スター」と呼ばれた日のことも回想する。
ロック・スターという言葉には馴染めなくてね。アンディ・ウォーホルと会った時、アンディは私のことをポップ・スターだと言ったんだよ。それで「いや、私はただのバンドの歌い手だよ」って返したんだけど、「いいや、君はポップ・スターだよ」って言われて。
結局は、やっぱりアンディの言う通りだったんだよね。結果的に、私はポップ・スターとしてはなかなか良い線を行ってると思う。でも、ロック・スターとしてはイマイチなんだ。そうなれるだけの声がないんだよ。ロック・スターというのは、なろうとしてなれるものじゃないからね。
“The Lifting”- 2001年『リヴィール』
前作『アップ』の“Daysleeper”の続編、もしくはプロローグとして書かれたという“The Lifting”では、夜勤をこなしている中間管理職女性の日常を描き出している。
その女性が啓発セミナーに出かけて「週末の間監禁されて、あぐらをかいたままずっと座らされ、トイレにも行かせてもらえなくなる」といった内容を歌うこの曲について、スタイプは「誰かに自分のコントロールをすべて託してしまってるんだけど、その誰かは自分のことをすべて壊して、好きなように作り直そうとしてるんだよ。もう馬鹿馬鹿しいよね」と話す。
そして、この曲を書いた動機については次のように説明している。
“Daysleeper”を女性の視点から描いたとわかった時、フェミニスト的に自分の視点を検証せざるをえなくなったんだよ。つまり、頭がおかしいくらいに壊れているこの人物を、私が女性として描いたのは何故なのか。ここを検証しなきゃならなくなったんだ。