【インタビュー】『ルックバック』の音楽を手掛けたharuka nakamuraが語る、作品と自身のシンクロ、北国の共感覚──ドルビーシネマ上映記念、ロングインタビュー

【インタビュー】『ルックバック』の音楽を手掛けたharuka nakamuraが語る、作品と自身のシンクロ、北国の共感覚──ドルビーシネマ上映記念、ロングインタビュー - haruka nakamuraharuka nakamura

『ルックバック』と重なる部分は人生観的にもとても多くて。内省の井戸に潜り、もう一度見つめるようなきっかけにもなりました

──『ルックバック』は、原作の藤本タツキ先生の地元である秋田県が舞台になっています。harukaさんも同じ東北の青森県出身でいらっしゃいますが、ご自身の経験や感覚と『ルックバック』とが重なる部分があればぜひ教えていただきたいです。

やはり本作においては押山監督も含めて3人が偶然にも東北出身だったということが、少なからず影響していると思います。完成後に3人でその北国の共感覚にまつわるお話にもなりましたが、たとえば雪が音を吸い込んで静寂が訪れる、永い冬の孤独な時間など、北国で暮らしてきた人たちが、言葉ではなく同じ感覚で理解できる、ある共有する情感があるようです。制作の当初はそれほど北国の繋がりをみんなが強く意識はしていなかったように思うのですが、映画ができあがってみると、やはり、という感覚ですね。藤本先生からは、『チェンソーマン』の雪合戦のシーンを執筆中に、具体的に僕の曲を聴いていた、というお話も伺いました。

──藤本先生とも直接お話をされる場面があったのですね。お話の中で印象に残っていることなどはありますか?

藤本先生が『チェンソーマン』や『ルックバック』を執筆中に僕の音楽を聴いてくださっていたということが依頼理由だと、最初のミーティングから伺っていました。どんな場面で、どの曲を聴いていたのかな?と思いつつ、きっと、この曲だろうなという、いくつかの曲を想像したりしていたのですが、映画が公開されて記念の打ち上げをした時に、藤本先生とはじめましての挨拶をして、隣に座って長くお話することができたので、その時に答え合わせをしました。聴いてくれていたのは想像していた通り、『光』というアルバムに収録されている“SIN”や“nowhere”という楽曲でしたが、先生は本当に、たくさん作品を聴いてくださっていて。


さらに挙げてくれたのは意外な曲も多かったですね。YouTubeにアップしているMVについても、たくさん感想をくれて。以前、僕が音楽を担当したVRのアニメーション作品なんかもひとりで観に行ってくれていて……その熱量には本当に驚かされました。音楽への具体的な質問も、たくさんしてくれて。たとえば僕が自分の中で大きなテーマとなるメロディの断片を、いくつかの曲でリフレインしながら成長させていくような作り方をたまにしていることなど、マニアックな細部のことにも気づいてくれていたり、音楽以外のジャンルのお話を聞いていても、先生はご興味があることに対して、鬼気迫るほど深く掘り下げていく才能をお持ちのように見受けられました。特に映画に関しての造詣が深くて。それは押山監督も同じですし、僭越ながら僕も興味が向いたことを深掘りしていくところ、似たようなところも少なからずあるような気もするので、とても共感しました。あの日は感慨深い、記憶に残る夜でした。

──本当に相思相愛のチームで作られたのが『ルックバック』なのですね……。

それと、先ほど質問いただいた自分の経験とのシンクロについてですが、北国から15歳で上京して、東京で出会った師であり友であったアーティストNujabesさんが、一緒にアルバムを制作している最中に突然の交通事故で亡くなった経緯がありましたので、『ルックバック』と重なる部分は人生観的にもとても多くて。内省の井戸に潜り、もう一度見つめるようなきっかけにもなりました。今では北国に戻って、雪が降りしきる冬の静寂の時間を実際に過ごしているので、物語の北国の空気とは自然とシンクロしますね。

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今回の主題歌では押山監督から讃美歌的な音楽が求められていたので、もう一度振り返ってみて、自己の中にあった光への歌をストレートに素直に、呼び起こしたような感覚

──押山監督から、劇伴については「素直なエモーショナルな部分を大切に」とお話があったとのことでしたが、主題歌“Light song”については、監督との間でどんなお話があったのでしょうか。

主題歌については、物語の流れをそのまま断ち切らずにエンドロールにいけるような、「『主題歌も含めて、ひとつのサウンドトラック』という世界観で」とのリクエストが押山監督からあり、僕も賛同しました。歌唱はuraraという、普段はアーティスト活動をしていない、『ルックバック』の主人公たちと同世代の女の子に歌ってもらいました。彼女はもともとは聖歌隊にいて、これまで僕の音楽では折に触れて歌ってくれています。歌詞についても特定の言語ではなく、オノマトペ的に僕が仮歌を歌ったものを耳で聴いた印象でuraraさんにカタカナで書き取ってもらい、歌ってもらいました。そんな独特なイメージのコンセプトでした。まるで、どこかの教会から聴こえてくる讃美歌のような、光。明日への希望が持てる歌。僕はもともとそのような『光』をテーマとした楽曲を多く作ってきていたので、この主題歌における監督のビジョンとはピッタリと一致したように思います。

──まさに、 “Light song”でのuraraさんの歌唱はどこか讃美歌のようで、本当に美しい一曲だと感じました。この楽曲についてもう少しお聞かせいただけますか。

先ほどお話ししたNujabesさんが亡くなったことがきっかけで生まれた“光”という曲を2010年にリリースしています。自分にとってヒーローのような輝ける存在を失って、一度音楽活動をやめようとさえ思った暗闇から生まれた光というのは、その頃から僕にとって、ずっと、普遍的な永遠のテーマです。そして、藤本先生が、ありがたくも、よく聴いてくれていたという、2017年にリリースした『光』というライブアルバムにも収録されているタイトル曲の“光”や“CURTAIN CALL”、“灯台”など、歌詞のないまるで讃美歌のような、今回の主題歌的なコンセプトの楽曲をこれまで多数制作してきていました。その時は実際の聖歌隊もコーラスに参加してくれていて、その聖歌隊にいたuraraがメインボーカルとして歌ってくれています。その頃彼女はまだ、小学生でしたね。今はもう立派な20代。

──長い付き合いでいらっしゃるのですね。

もともと僕は讃美歌が好きで。教会に置いてある讃美歌集を購入してピアノで弾いたりしていました。昔の、名もない教会の聖歌隊の讃美歌アルバムもよく聴きます。自分にとって音楽という表現は祈りに近いもので。讃美歌が気持ちよく響くように設計された教会で演奏することも、とても多かった。響きが良いので、なるべくスピーカーを通さず生音で演奏できるので。今でも日常的に近所の教会に行きます。同じように神社にも行きます。特定の宗教観があるわけではないのですが、人が祈りという行為を行う静謐な場所、その沈黙から生まれる静寂をとても美しい音楽だと感じています。それから時を経て、ここ数年はメッセージを込めた歌詞のある曲も作っていたのですが、今回の主題歌では押山監督から、まさにその頃のような讃美歌的な音楽を求められていたので、もう一度、振り返ってみて、自己の中にあった光への歌をストレートに素直に、呼び起こしたような感覚です。

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──ありがとうございます。たくさんの想いが込められた楽曲たちを、9月13日からはドルビーシネマによる上映で聴いていただけることになります。良い音響だからこそ注目してほしいポイントなどがあればお聞かせください。

今回、初めてドルビーアトモスのミックスを専用のスタジオでリスニングした時、エンジニアの葛西さんや勝田さんのアイディアで、カテリーナの森の聖歌隊のコーラスをまるで天から降ってくるような配置にしていただけたことはとても驚きに満ちた、感動的な発見でした。前後左右だけではなく、上下からも音に包まれる感覚は得難い体験でした。温泉に浸かってるかのような心地よさでした。映画館では身を任せて、リラックスして音を浴びていただけたらと思います。

──では最後に。『ルックバック』とのコラボレーションは、harukaさんの音楽家人生にどんなものをもたらしましたか?

本作からの学びはとても大きなものでした。普段、創作者は孤独な作業というか、それこそ机に向かう藤野や京本のように、また藤本タツキ先生や押山監督のように、ひたすら創作と向き合う時間が多いのですが、映画は多くのスタッフのみなさんとチームで作るもの。お客様含めて、みんなのものだということ。他では得難い愉しさ。そこに大きな魅力を見出せたことが、僕にとっては新たな発見でした。映画を観ることも、映画館に行くことも、幼い頃からとても大切な時間で。しばらくライブと旅ばかりの音楽人生でしたが、北海道に移住し、旅の生活に一旦、句読点を置いて。ちょうど制作に向き合うようになったタイミングだったところにこの作品が来てくれて。新たな喜びを知って。もっと映画に携わっていきたいと、今は思っています。

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