愛の誓いから孤独の核心へ

ジャスティン・ビーバー『ジャスティス デラックス・エディション』
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ALBUM
ジャスティン・ビーバー ジャスティス デラックス・エディション

昨年2月にリリースされた『チェンジズ』から1年ぶりとなる新作だが、ジャスティン・ビーバー本来の魅力が戻ってきているのが素晴らしい。そう言ってしまうと『チェンジズ』が聴き劣りする作品のように思われてしまうかもしれないが、決してそういう意味ではない。『チェンジズ』は、新しくパートナーを得たことをきっかけに自分は生まれ変わると宣言するもので、アルバム全編を通してパートナーに愛を捧げることで、これまでの自分の考え方も改めていくというテーマに貫かれた意欲的な作品だった。

これはもちろん、お騒がせアーティストとして常にゴシップでメディアを賑わせてきたそれまでの10年の自身のライフスタイルを反省してのものだ。そして、もともとプロデュース・センスも優れたジャスティンだけに『チェンジズ』ではこの新しい心境にふさわしいサウンドと内容を見事に形にしてもみせた。ただ、それは固い決意に満ちたもので、そこがどこか彼らしからぬものだったことも確かなのだ。でも、それと同時にそれはジャスティンにとってはどうしても必要なプロセスだったのだ。

それに対して今度のアルバムはそれ以前のお騒がせジャスティンに戻ってしまったのかというと、それもまた違う。テーマは前作から引き続いて、自身のパートナーへの愛をひたすら歌っていくものだ。ただ、果たしてそれに自分はふさわしいのか、自分にそれができるのかという戸惑いも歌い込まれるようになっていて、それがジャスティン本来の遊び心やユーモアをかもす要素ともなっているし、なによりもとてもリアルな歌にしているのだ。もちろん『チェンジズ』もまたジャスティンにとってはリアルな内容だったことには違いないが、それは誓いを立てたその時のシリアスさというリアリティであって、その後毎日続く現実局面で持ち上がる戸惑いや悩みを織り混ぜながら自分の愛を確かめるというのがこの作品のテーマだ。そうであるからこそジャスティン本来の魅力が発揮されるアルバムになっている。

また、ジャスティンは基本的に15年の『パーパス』からコンテンポラリーなR&Bアーティストを目指してきたわけだが、今回は楽曲の内容に遊びが出来てきた分、よりポップな展開も増えていて、これもまた彼の本来の魅力をよく伝えるものになっている。

アルバムのオープニングを飾る“トゥー・マッチ”はまさにそんなモードを打ち出していく曲で、相手のことが好きで好きでしようがないという気持ちを最初から最後までキーボードの演奏とともに歌い続ける内容。この執拗な愛の誓いは基本的に前作を踏襲するものだ。ただ、締めに《でも、いくらなんでもこれはやり過ぎだよね》といきなり自分を突き放してみせるところがこのアルバムの軽妙さのつぼになっていて、基本的にこの作品はその軽妙さをジャスティン節として堪能できるところが最大の魅力なのだ。

それが最もわかりやすく歌い上げられるのが見事なR&Bミッドテンポ・バラードとなった“ディザーヴ・ユー”だ。この甘いグルーヴとメロディに乗せて、ジャスティンは現在の自分とかつての自分のギャップを思い、《毎晩きみはぼくの傍らで眠りに落ちる/ぼくがあの頃の自分に戻らないことをただ祈るだけだ》と現在の幸福を噛みしめると同時に、いつまた過去の自分に戻りやしないかと恐れおののく心境もまた吐露している。これが間違いなくこの曲のスリルともユーモアともなっており、とても刺激的なのだ。

あるいはなんで君がこんなぼくをここまで愛してくれるのかわからないという、ふと思いついた、頭から消せない疑問を歌う“アズ・アイ・アム”など、この作品におけるジャスティンの愛の誓いはことごとく、過去の自分を突き放して客観視することで余計に不安になってしまうというリアリティが拍車をかけてくる切実さに満ちている。そこがほほえましくもあり、なおかつ説得力もある歌にしているのだ。その極まったところが、チャンス・ザ・ラッパーも客演し、ゴスペルがかった名曲ともいえる“ホーリー”だ。

そうやってちょっとだめな自分を吐露しながら愛を告白していくことで、ジャスティンが実は自分がかつて感じていた孤独感などを少しずつ明かしていく展開にもなっているのが、このアルバムの一番いいところだ。その最たるものがベニー・ブランコと、ビリー・アイリッシュの曲を書いているフィニアスの提供した“ロンリー”だ。これは過去10年前後のジャスティンの心中をまとめたもので、ある意味で、このアルバムの核心ともいえる曲になっている。この曲を歌えたこと自体がこの作品の最も重要なことなのだ。( 高見展)



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ジャスティン・ビーバー ジャスティス デラックス・エディション - 『rockin'on』2021年5月号『rockin'on』2021年5月号
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