「世界最大の分裂」の先の絶景と黄昏

ピンク・フロイド『ザ・レイター・イヤーズ』
発売中
BOX SET
ピンク・フロイド ザ・レイター・イヤーズ

ロジャー・ウォーターズ/リチャード・ライト/ニック・メイソン/シド・バレットの出会いからバンドの結成、シド・バレットの脱退、デヴィッド・ギルモアの加入――ピンク・フロイドが世界規模のプログレッシブ・ロック・モンスターになるまでの物語を完全凝縮したボックス・セット『The Early Years 1965 - 1972』から早3年。レア音源&映像のアーカイブ・シリーズ第2弾としてリリースされる今作『ザ・レイター・イヤーズ』は、87年リリースの『鬱』以降のピンク・フロイド――つまり長らくバンドのコンセプト面での先導者だったウォーターズと決別した後の、ギルモア/ライト/メイソン編成のフロイドの歩みを網羅したものだ。ここにあるのは言わば、かつての盟友との分裂と断絶を乗り越えて……いや、むしろ分断と断絶そのものを内包した世界最大のロック・スペクタクル・ショウとして自らをアップグレードしたピンク・フロイドの足跡、ということになる。

ギルモア主導のフロイドによるオリジナル・アルバムは『鬱』と『対(TSUI)』(94年)、『永遠(TOWA)』(14年)の3作品のみ、しかも『永遠(TOWA)』はそもそも前作『対(TSUI)』制作時のテイクを基に作られたインスト&アンビエント主体の作品だった……という背景もあってか、前述の『The Early Years』の27 枚組(!)というボリュームにはさすがに及ばないものの、今作も貴重な未発表音源や映像が次から次へと押し寄せる全16枚組(+7インチ2枚)の重厚さはまさに圧巻。『鬱』のリミックス&アップデイト盤やライブ・アルバム『光〜PERFECT LIVE!』のリミックス、87年&94年のスタジオ・ライブ・レコーディング音源などを収めたCD5枚組、今回が初Blu-ray化となるライブ映像作品『光〜PERFECT LIVE!』&『P.U.L.S.E』、さらには07年5月にシド・バレットのトリビュート公演で行われた“アーノルド・レーン”――その翌年に病のため世を去ったリック・ライトも歌声を聴かせている、現時点でのピンク・フロイド最後のライブ・パフォーマンスの映像も収録。総売上2億5000万枚を誇る巨大バンドの「壮大なる黄昏の季節」のリアルな表情や息遣いを、その音源と映像の随所から感じることができる。そして同時に、この『ザ・レイター・イヤーズ』が何より克明に伝えてくるのは、それこそ「プログレッシブ・ロック最大のアイコン」として今なお語られるピンク・フロイドが、特に『鬱』以降、ハイパーなまでに研ぎ澄まされた虚空を鳴らすサイケデリック・ブルース・バンドとしていかに純音楽的な存在であったか、という点だ。

「僕はロジャーのマウスピースであることが多かった。ロジャーは僕のために歌詞を書いてくれたわけではなかった。彼は彼自身のために書いていた」……06年に本誌に掲載されたインタビューで、ギルモアはフロイドにおけるウォーターズとの関係性をそんなふうに振り返っていた。ウォーターズはギルモアの歌声を通して自らの拭いきれない孤独と虚無感を前人未到のロック・アートとして立ち昇らせてみせた。一方、ギルモアはそんなウォーターズの漆黒のネガティビティすらも自らの歌と演奏の原動力として、ブルースと祈りに満ちた珠玉のギター・フレーズと豊潤なボーカル・ワークを響かせてみせた。「音楽『で』」シリアスなメッセージと思想性を時代に刻み込んでみせたウォーターズと、「音楽『を』」作り上げ磨き上げることにこそ至上の喜びを抱いてきたギルモア――そんなふたりがピンク・フロイドという同じ楽曲世界の中でバランスを保っていたこと自体、むしろ天文学的な確率で起こり得た奇跡だったのかもしれない――と、ふたりが別の道を選んだ「その先」の象徴たる今作を前にして改めて思う。

ロジャー・ウォーターズという思想面での「核」がバンドを離れてもなおピンク・フロイドであり続けることを選んだギルモアはしかし、08年にリック・ライトを喪い、彼との『対(TSUI)』セッション音源から結実させた『永遠(TOWA)』を最後に、「リック・ライトなしではピンク・フロイドとして演奏することはない」とバンドの「自然消滅」を宣言した。それはまさに、ピンク・フロイドの主軸をコンセプトよりも音楽そのものに置いたギルモアの、アーティストとして貫き通した究極の矜持の表明だったのだろう。

『永遠(TOWA)』のリリースから、もう5年が経とうとしている。ピンク・フロイドというバンド・ヒストリーがゆっくりと、しかし確実に「過ぎ去りし伝説」へと姿を変えつつある今、「初期」に続いて「晩期」の未公開素材を惜しみなく出し尽くした今作は、その偉業を同時代的な連続性をもって体感できる最後のチャンスなのかもしれない。 (高橋智樹)



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ディスク・レビューは『ロッキング・オン』12月号に掲載中です。
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ピンク・フロイド ザ・レイター・イヤーズ - 『rockin'on』2019年12月号『rockin'on』2019年12月号
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