【ライブレポート】タイラー・ザ・クリエイターの変幻自在なパフォーマンスとユーモア、そして壮大なスケールが交錯した来日公演をレポート

【ライブレポート】タイラー・ザ・クリエイターの変幻自在なパフォーマンスとユーモア、そして壮大なスケールが交錯した来日公演をレポート
今年、世界的にも大きな盛り上がりを見せたツアーの1つでもある、タイラー・ザ・クリエイターの『CHROMAKOPIA: THE WORLD TOUR』が今年9月に日本にも上陸。8年ぶりの来日に歓喜するファンが有明アリーナに集結しました。ヒップホップの枠を越え、カルチャーアイコンとし圧倒的な存在感を見せた来日公演のレポートをお届けします。
(rockin'on 11月号掲載) 



【ライブレポート】タイラー・ザ・クリエイターの変幻自在なパフォーマンスとユーモア、そして壮大なスケールが交錯した来日公演をレポート

文=つやちゃん

タイラー・ザ・クリエイターの 『CHROMAKOPIA: THE WORLD TOUR』が盛り上がっているというニュースは、これまでも度々報じられてきた。北米からヨーロッパ、オセアニア、アジアまで90以上の公演が組まれ、各地でチケットは軒並み即完売。さらに先日は、南米の日程も発表された。数万人規模の会場が埋まり、観客の多くがキーカラーであるグリーンを身につけ、音楽とファッション性を融合させた総合的な体験として語られる話題のワールドツアーである。結果、タイラーはヒップホップを超えたカルチャーアイコンとしての存在感を高め、キャリアのハイライトと呼んでいいレベルの盛り上がりを生んでいる。果たして、その熱狂は日本公演ではどのような形で繰り広げられるのか。応募が殺到し追加公演が決まったことからもその勢いは推して知るべしだが、有明アリーナに到着してまず圧倒されたのは、他でもない客層の若さと華やかさだった。主に20代と思しき人たちがそれぞれの態度でファッションを楽しみながら、友達やカップルと大勢集っている。アリーナ規模で、こういった雰囲気のライブはなかなかない。昨年のオリヴィア・ロドリゴ、先日のビリー・アイリッシュの来日公演に近いような華やかさがありつつ、この日はさらにひと癖ひねったセンスが目立っていた。一時期のカニエ・ウェストやファレルが放っていたトータルなアーティスト像を、いま最もリアルタイムで体現しているのはタイラーなのかもしれない——そういった思いを強くする。

開演時間が近づくと、会場の各所でグッズとともに記念撮影をしていた若者たちが「そろそろ始まる!」と急ぎ足で駆け抜けていく。まずはオープニングアクト、パリス・テキサスの出番だ。海外では彼らとリル・ヨッティー、タイラーという三組で今回のツアーをまわっているわけだが、ヒップホップを軸に他ジャンル要素を絶妙に加えたサウンドが共通点と言えるだろうか。その通り、アリーナ中央で、ヒップホップのビートにギターリフを組み合わせながらラフにラップしていく姿は、ストリート感に満ちていて実にエキサイティング。ステージをぐるぐると動き回るDJ含めた三人に呼応するかのように、観客のノリもどんどん高まっていく。止まらないハンズアップに、アリーナ会場とは思えないライブハウスのような動き。今日のお客さんは、ただ者じゃないぞ——“girls like drugs”といった曲で揺れまくるグルーヴィな会場の空気を体感し、そう確信した。アリーナもスタンドも、もはやメインアクト並みのはしゃぎっぷりで、タイラーへの期待がどんどん高まっていく。

さて、長めの転換を経て、いよいよタイラーが登場する。スクリーンに「DON’T TAP THE GLASS」の文字が現れ、“Big Poe”のイントロが流れる……痺れるかっこよさ! 続く“シュガー・オン・マイ・タング”とあわせて、ダンサブルな傾向が強まった最新作からの選曲だ。アルバムのアートワークにならった赤い衣装に身を包み、全身を使った身振り手振りでパフォーマンスを盛り上げる。くるりと華麗に全身を回転してみせたり、ビートにあわせて腕を振り回したり、その度に観客の歓声が響く。しかも想像以上に低音が出ていて、身体に迫ってくる音圧! アリーナとは思えない、クラブライクな音のアウトプットに驚く。繰り返し首を振ってリズムにノリながら、続いて『クロマコピア』のパートへ。“セント・クロマ”や“ラ・タ・タ”、“ノイド”といった曲ではさらなる悲鳴が湧き、このアルバムが確固たる支持を得ていることを痛感する。奇天烈なビートで、どこかフューチャリスティックで、それでいて壮大なスケールも持ち合わせている曲群を浴びながら、このアーティストの特異性に想いを馳せてしまった。

『クロマコピア』は、タイラーの苦悩が描かれた作品だった。その主題の通り、ジャズやソウルといった音楽性も広く包括しながら、人生の彩りをあらゆるアプローチで描いていた点が、重層的でエキサイティングだった。一方で、あのアルバムは音数を絞った曲も多い。つまり、タイラーの作品としての深みはどんどん増しており、表現の手数は増えているのだが、音数は相変わらず抑制されているためダンスできるのだ。それが最も顕著に表れているのがヒット曲“スティッキー”だろう。情緒的なラップ〜歌を入れたり、後半にファンクなサウンドを展開したりと起伏が激しい曲だが、構造としてはミニマルに仕上げているため、皆がとにかくノりやすい。ディープな芸術性とシンプルなダンス性の見事な融合は、タイラーならではのオリジナリティなのだろう。身体を揺らし踊りまくる会場の観客を見ながら、なぜ彼がここまで熱狂的な支持を得て人を踊らせることができるのか、そのヒントを得た気がした。

ヒートアップする中でも、タイラーは手をゆるめない。「オールドソングも聴きたいよね?」と観客へ投げかけて、続いては過去作品のパートへ。ここで驚いたのは、“EARFQUAKE”をはじめとした曲で見られた観客のすばらしい歌声である。若いお客さんが多かったため、『クロマコピア』の曲でシンガロングが生まれるのはまだ理解できたのだが、多くの人が古いカタログについてもほとんどの歌詞を歌えていて、どの曲でも大合唱が成立するという事態に。タイラーが日本でもここまでアーティストとして愛されていて、あらゆる世代を超えて熱狂的に受け入れられているという事実を目の当たりにし、胸が熱くなってしまった。これは本当に稀有で、意義深いことだと思う。

ライブは終盤へ差し掛かっていく。『ウルフ』や『コール・ミー・イフ・ゲット・ロスト』といった傑作アルバムの曲群を経て、名曲“シー・ユー・アゲイン”ではここでもまた大きなシンガロングが展開される。会場の一人ひとりが放つエネルギーが結びついて、その勢いにタイラーも満足そうな表情を浮かべる。彼は、来日公演が実現し、こんなにも大歓声&大合唱で迎えられていることに対して、繰り返し感謝を伝えていた。「皆が自分たちをこんなにも愛しているからこそ日本でライブができている。日本は美しくてすばらしくて、優しい国だ。俺は、皆のことを誇りに思ってるよ」と。前回の公演が恵比寿リキッドルームでの開催だったことを考えると、すでに中堅として自身のマーケットを確立しているタイラーのようなアーティストが、一気にこれだけのキャパを増やして若い層にまで大きな盛り上がりを生んでいるというのは異例の出来事と言ってよいだろう。30歳を過ぎてからというもの、タイラーはひとりの人間としての幸せや苦悩を、ユニークなサウンドやビジュアルとともに時に歪な形で表現してきた。今回のライブは、そのアーティストとしての物語が、幅広い年代にわたって受容されていることの証明となったのだ。振り返れば、今回の有明アリーナまでの軌跡は、彼自身の変化の物語と重ねて見ることも可能だろう。今やタイラーは、多くの人にとってのポップスターへと変貌を遂げつつある存在なのかもしれない。

今回のツアーは、海外ではリビングルーム風のセットなど凝った演出も話題になっていた。来日公演では残念ながらステージを持ち込むことは叶わなかったが、ただ、それによって逆にタイラーの身体ひとつでのパフォーマンスの強度が伝わってくる内容になったと思う。余計な装飾のないシンプルな舞台で、ぐねぐねと身体をひねりながら歌うタイラーのフィジカリティは、パフォーミングアーツとしての魅力すらも伝えるものだったからだ。あたたかくソウルフルな歌声を聴かせたと思ったら、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべ奇声を発する。その支離滅裂さは、感謝の言葉を述べていたと思ったら次の瞬間には悪態をついてふざけるMCにも表れていたし、タイラーのユニークさはそういったところに宿っている。あんなにも表現はスタイリッシュなのにリアルで生々しい苦悩も描かれているし、奇妙な動きで人を笑わせたりもする。何をしでかすか予測できない、実に人間らしいアーティスト。多くの人が、そういった彼の魅力に憑りつかれている。そしてそれにならうように、観客一人ひとりの態度もユニークだ。ストリートやモード感を織り交ぜたコーディネート、手にしたグッズの見せ方、SNSにアップするためのポージング。そのすべてに、タイラーの美学を自分の生活に落とし込もうとする意志がにじむ。単に「音楽を聴きに来る」のではなく、「タイラーの世界を生きる」ことそのものを楽しんでいるように見えたし、だからこそ会場のどこを切り取っても、一貫した空気が漂っていたのだと思う。彼の曲が始まれば、一斉に体が揺れ、歓声とともに色とりどりの観客が波のようにうねる。つまり、今やタイラーはカルチャーの枠組みそのものを更新している存在と言えるのかもしれない。ジャンルをまたぎながらも、音楽性が散漫になるのではなく、一貫して“タイラーの美学”として立ち現れる存在感。そこに舞台上の身体性が結びつくことで、作品世界は観客を巻き込む開かれた体験へと変貌するのだ。

日本の観客が熱狂的に応答したのも、タイラーに対して、自らの感覚を託すに足る表現を見出しているからに違いない。この体験は、世代や地域を超えた文化的土台になっていくのだろう。今回の来日公演は、そういった新しい時代の到来を予感させる、恐らく歴史的に見ても重要な場だったはずだ。


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